「脱プラのために紙に置き換えてほしい」という依頼を受けたことのある会社は多いはずである。そして、次に必ずぶつかる壁も同じだ。紙は水も油も酸素も通す。中身が食品なら、それだけで成立しない。
だから実務では、紙にフィルムを貼るか、樹脂を塗るかしてバリア性を確保することになる。すると今度は「複合材だからリサイクルしにくい」という別の問題が立つ。紙に替えたはずが、紙でも樹脂でもない何かになっている。
この行き詰まりを、材料の側から解こうとしている研究がある。セルロースナノファイバー(CNF)である。東京大学の磯貝明氏による「CNF 等の新規バイオマス素材による基材設計と,印刷・包装技術との融合」(日本印刷学会誌 63 巻 3 号 152-156 頁、2026 年)を材料に、CNF とは結局のところ何なのかを、寸法の話から整理する。
紙は繊維の集合体である
まず前提を確かめる。紙とは何でできているか。
紙はパルプ繊維が絡み合って自立したシートである。繊維どうしは接着剤で留められているのではなく、乾く過程で水が抜け、繊維表面の水酸基どうしが水素結合を作って結びついている。糊を使わずにくっつくのが紙のおもしろいところで、それゆえ水に濡れると強度が落ちる。
パルプ繊維の幅は、樹種や製法によるがおよそ 20〜40 µm(マイクロメートル)である。長さは 1〜3 mm ほど。この寸法の棒が絡み合っているのだから、あいだには必ず隙間ができる。
紙が気体も液体も通すのは、この隙間があるからである。逆に言えば、隙間を埋めるか、隙間より小さいものを詰めるかしないかぎり、紙のバリア性は上がらない。ここが出発点である。
隙間を埋める 3 つのやり方
紙のバリア性を上げる手段は、原理から見れば 3 通りしかない。
- 叩いて潰す —— 繊維を叩解して細かくし、強く圧をかけて隙間を減らす。グラシン紙のような高密度の紙はこの方向である。ただし密度を上げるほど紙は硬く、脆くなる
- 別の材料で覆う —— フィルムを貼る、樹脂やワックスを塗る。もっとも確実だが、紙と別の材料が混ざるので再生時に分離が要る
- 隙間より小さいもので詰める —— 顔料や微粒子を塗って、繊維の隙間を塞ぐ。塗工紙の顔料塗工はこの考え方に近い
CNF が関わってくるのは 3 番目である。繊維の隙間より 4 桁小さい繊維を詰めるという発想だ。しかも詰めるものが紙と同じセルロースなら、2 番目の欠点である「材料が混ざる」を避けられる可能性がある。
この位置づけを頭に入れておくと、以下の話が「新素材の宣伝」ではなく古典的な課題への別解として読める。
ほどくと 4 桁小さくなる
パルプ繊維は、それ自体がさらに細い繊維の束である。機械的にほぐしたり化学的に処理したりすると、結晶性のセルロースミクロフィブリルという単位まで分解できる。
論文が述べているのは、漂白クラフトパルプから作られる微細化セルロースであり、幅がおよそ 3 nm(ナノメートル)の結晶性セルロースミクロフィブリルである。
20 µm と 3 nm では、およそ 6,700 倍の差がある。桁でいえば 4 桁である。この桁の差こそが CNF の本質であって、「新しい素材が発見された」という話ではない。もとから木の中にあったものを、そこまでほどけるようになった、という話である。
細くすると何が変わるのか
寸法が変わると物性が変わる。理由は単純で、体積あたりの表面積が増えるからである。
直感的に確かめてみる。一辺 1 cm の立方体があるとする。表面積は 6 cm² である。これを一辺 1 mm の立方体に切り分けると、個数は 1,000 個になり、表面積の合計は 60 cm² になる。体積は変わらないのに表面積は 10 倍である。一辺を 10 分の 1 にするたびに表面積は 10 倍になっていく。
繊維を 20 µm から 3 nm までほどくということは、この操作を何度も繰り返すことに相当する。結果として、物性を決める主役が「中身」から「界面」に移る。
- 吸着 —— 表面が広ければ、そこに触れて留まるものの量が増える
- 分散と増粘 —— 細くて長いものが液中で絡むと、少量でも粘度が大きく上がる
- 光の透過 —— 可視光の波長より細くなると光を散乱しなくなり、集合体が透明になりうる
もとのパルプ繊維には無かったふるまいが前面に出てくるのは、材料が変わったからではなく寸法が変わったからである。この点を押さえておくと、以下の用途がなぜ成り立つのかが自然に読める。
結晶であることが効いている
もうひとつ、論文が「結晶性」と書いていることの意味を押さえておきたい。
セルロースの分子は長い鎖で、その鎖が規則正しく並んだ部分(結晶領域)と、乱れた部分(非晶領域)が交互にある。ほどく処理は、この乱れた部分を狙って切ることで、規則正しい部分だけを取り出す操作にあたる。
結晶領域は分子が密に詰まっているため、強く、水を吸いにくく、寸法が変わりにくい。セルロースの結晶部分の弾性率は鋼鉄に匹敵すると言われることがあるが、それはこの規則正しさによる。
つまり CNF は「細い」だけではなく「細くて硬い」。少量を樹脂に混ぜて機械的性質が上がるのは、この硬さが効いているためである。逆に、非晶領域が多く残っていれば、細くしても水を吸って寸法が動く。同じ「CNF」でも、製法によって性質が違うのはこのためで、材料を評価するときは製法まで見る必要がある。
報告されている 3 つの用途
論文が挙げている応用は 3 つである。以下は論文の記述の範囲にとどめる。
① 消臭シート
二層構造の着脱式シートで、硫化水素・メチルメルカプタン・アンモニアに対する消臭機能を持つとされる。
においの分子を捕まえるには、触れる面積が要る。表面積が大きい材料が消臭に向くのはこのためで、活性炭が使われるのも同じ理屈である。CNF の場合、シートの形にしたまま大きな表面積を持てることが特徴になる。
包装の観点でいえば、これは「におい移り」を扱う品目に関わる。食品、化粧品、日用品。包装材に機能を持たせるという方向で、印刷会社が扱う領域と地続きである。
② 樹脂複合
CNF をエポキシ樹脂やポリアクリレート樹脂に分散させ、機械的・光学的・熱的な性質を高めるという報告である。
繊維を樹脂に混ぜて強くするというのは、ガラス繊維や炭素繊維で長く行われてきたことである。CNF が違うのは、可視光の波長より細いために透明性を保ちやすい点と、木由来である点だ。
印刷・包装の側から見れば、これはフィルムやコーティングの基材設計に関わる。「紙に樹脂を塗るとリサイクルしにくい」という冒頭の行き詰まりに対して、材料の選び方を変える道筋になりうる。
③ ピッカリングエマルション
3 つ目が、印刷業からはいちばん遠く見えて、実は近い。平均粒子径 0.3〜0.6 µm の均一な粒子を実現したとされる、ピッカリングエマルションである。
エマルションとは、水と油のように混ざらないものを混ぜた状態のことである。牛乳もマヨネーズもエマルションで、通常は界面活性剤が油滴の表面に並んで安定させている。
ピッカリングエマルションは、界面活性剤の代わりに固体の微粒子を油滴の表面に並べて安定させる。粒子が壁のように油滴を囲むので、くっついて合体するのを妨げる。界面活性剤を使わずに乳化できるのが利点である。
これは印刷用インキや塗工液の設計に関わりうる。水性インキも塗工液も、多くは分散と乳化の技術で成り立っている。分散剤や界面活性剤の量を減らせるなら、乾燥後の膜の性質も変わる。ただし、今回の論文がインキへの応用を主張しているわけではない。ここは筆者による位置づけである。
包装の現場から見て、近いものと遠いもの
ここまでが論文の報告である。実務に当てるにあたって、まだ埋まっていない距離を数えておきたい。
遠い理由 1 —— 水を抜くのが難しい
CNF は、多くの場合水に分散した状態で作られる。濃度は数パーセントということも珍しくない。つまりほとんどが水である。
これは輸送と乾燥の両方で効く。水を運ぶコストがかかり、塗ったあとに水を飛ばすエネルギーがかかる。乾かす工程を持たない設備では、そもそも扱えない。
さらに、乾かすときに問題が起きる。細くほどいた繊維は、水が抜ける過程で再びくっついて束に戻ろうとする。せっかく増やした表面積が、乾燥で失われることになる。この「角質化」をどう防ぐかは、応用の共通の課題である。
遠い理由 2 —— 既存の設備に載るかどうか
塗工液としての粘度、既存のコーターへの適合、生産速度。これらは論文の主題ではない。研究として成立することと、既存の生産設備に載ることは別の話である。
近い理由 —— リサイクル適合という追い風
一方で、近いと言える理由もある。CNF はセルロース、つまり紙と同じ材料である。
紙にフィルムを貼れば複合材になり、古紙として再生するときに分離が要る。だが紙に「細かくした紙」を塗るなら、材料としては単一である。リサイクルの側から見た筋のよさは、他のバリア材にはない特徴である。
この点は、脱プラの要請と古紙リサイクルの要請が同時に来ている包装の現場にとって、無視できない意味を持つ。
「木由来なら環境に良い」は成り立たない
もうひとつ、距離を測るときに外せない論点がある。原料が木であることは、それだけでは環境性能の根拠にならない。
CNF を作るには、パルプを解きほぐすためのエネルギーか、化学的な前処理か、あるいはその両方が要る。この工程で消費されるエネルギーと薬品は、原料が木であることとは別に数えなければならない。水を大量に含んだまま運ぶ輸送も、乾かす熱も、すべて負荷である。
比較の相手も慎重に選ぶ必要がある。既存のバリア材が何グラムで足りているところに、CNF なら何グラム要るのか。同じ機能を得るのに必要な量まで揃えなければ、材料単位の比較には意味がない。
これらを積み上げて初めて、既存の材料と比べられる。LCA(ライフサイクルアセスメント)が要るのはこのためで、感覚で置き換えられるものではない。本稿はその数字を持っていないので、環境面の優劣は主張しない。
印刷適性という、もうひとつの関門
包装材として成立しても、そこに刷れなければ仕事にならない。CNF を塗った紙の印刷適性については、押さえておくべき論点がある。
まず表面の性質が変わる。セルロースは親水性なので、CNF を塗った面は水を受け入れやすい。オフセットの湿し水、水性フレキソのインキ、水性ニス——いずれも挙動が変わる可能性がある。逆に油性インキの乾き方も、下地の吸収性が変われば変わる。
次に平滑性である。塗ることで表面が平らになれば、網点の再現は良くなる。塗工紙が上質紙より細かい網点を再現できるのはこの理屈で、そこは有利に働きうる。
そして寸法安定性。親水性の層が表面にあるということは、湿度で伸び縮みしやすいということでもある。多色の見当や、加工時の位置合わせに影響する。
これらはいずれも実際に刷ってみるまで分からない種類の問題である。だからこそ、新しい基材が出てきたときに試し刷りをして知見を溜めておくことに意味がある。材料メーカーは印刷機を持っていないし、発注者は印刷適性を評価できない。その判断ができるのは印刷会社だけである。
この研究が答えていないこと
- コスト。 パルプをここまでほどくには機械的・化学的な処理が要る。1 kg あたりいくらになるのかは述べられていない
- 既存設備への適合。 塗工速度、乾燥能力、コーターの型式。論文の主題ではない
- バリア性能の数値。 酸素透過度・水蒸気透過度といった、包装で使う指標での比較は本稿の材料には含まれていない
- 環境負荷の定量的な比較。 LCA(ライフサイクルアセスメント)の数字が無いかぎり、「環境に良い」とは言えない。本稿でもそれは主張しない
- 1 本の解説である。 この分野は多くの研究者が取り組んでおり、この論文が全体を代表しているわけではない
とくに 4 点目は慎重に扱いたい。木由来だから環境に良い、という推論は成り立たない。製造に要するエネルギー、輸送、廃棄までを数えなければ比較にならない。この記事もその数字を持っていないので、環境面の評価は書かない。
印刷会社にとって、どこが仕事になりうるか
材料の研究を読むとき、「面白い」で終わらせないために、自社の仕事との接点を探しておきたい。CNF の場合、接点は 3 つの層に分かれる。
| 層 | 誰がやることか | 印刷会社の関わり方 |
|---|---|---|
| 材料をつくる | 製紙・化学メーカー | 関わらない |
| 基材に載せる | 製紙・コンバーター | 塗工設備を持つ会社なら射程に入る |
| 使い方を設計する | 包装の企画・設計 | いちばん近い。材料の性質を知っていることが価値になる |
大半の印刷会社にとって現実的なのは 3 番目である。新しい基材が出てきたときに、それを使った包装を設計できるか。バリア性がどこまであるのか、印刷適性はどうか、加工でどう変わるのか、リサイクルの経路はどうなるのか——これらを踏まえて提案できることが、そのまま差になる。
逆に言えば、材料の知識は「作る側」だけのものではない。使う側が性質を知らなければ、そもそも案件が立たない。新しい基材が普及しない理由の一部は、使い方を設計できる人が少ないことにある。
まとめ — この分野を追いかける観点
整理する。
- 紙は幅 20〜40 µm のパルプ繊維が絡み合ったもので、隙間があるから気体も液体も通す
- それをほどくと幅およそ 3 nm の結晶性ミクロフィブリルになる。桁にして 4 つの差
- 細くすると体積あたりの表面積が増え、物性の主役が中身から界面に移る
- 報告されている用途は消臭シート・樹脂複合・ピッカリングエマルション(日本印刷学会誌 63 巻 3 号 152-156 頁)
- 実務との距離を作っているのは、水を抜くことと既存設備への適合である
この分野を追いかけるなら、次の 3 つが報告されたときが節目になる。
- 包装で使う指標での数値。 酸素透過度・水蒸気透過度が、既存のバリア材と同じ単位で示されること
- 塗工適性のデータ。 既存のコーターで、どの速度まで塗れるのか
- 古紙としての再生試験。 CNF を塗った紙が、実際の再生工程で問題なく処理できるかどうか。ここが確かめられて初めて「単一材料」の利点が実証される
材料の研究を読むときに役に立つ問いは、いつも同じである。何がどれだけ良くなったのかではなく、その良さと引き換えに何を差し出しているのか。CNF の場合、それは「水を大量に含んだ状態でしか扱えない」という一点に集約されている。ここが解けるかどうかが、実装の速度を決める。