「このインクをインクジェットで飛ばせないか」という相談は、現場でよく持ち込まれる。導電性を持たせたい、光らせたい、偽造防止の印を入れたい。目的はさまざまだが、たいていは何かの粒子をインクに入れたいという話に行き着く。
そして、たいてい同じところで詰まる。刷り始めは出るのに、しばらく走らせるとノズルが詰まる。飛んだ液滴が狙った位置からずれる。同じデータなのに濃度がばらつく。
この 3 つは、現場では別々の不具合として扱われることが多い。だが、原因は同じ場所にある可能性が高い。ノズルの中で、液体と粒子が別々のふるまいをしていることである。
この問題を正面から扱った論文がある。川田博美氏らによる「不定形ナノ粒子を含む固液混相インクのインクジェット吐出に関する検討」(電気学会論文誌 E・センサ・マイクロマシン部門誌、146 巻 8 号 199-204 頁、2026 年 8 月 1 日発行)である。本稿では、この報告を手がかりに、粒子入りインクが飛びにくい理由を原理から整理する。
インクジェットは何を飛ばしているのか
まず、粒子の話に入る前に、液体だけの場合を確かめておく。
インクジェットのヘッドは、圧電素子を変形させるか、ヒーターで泡を作るかして、流路の中の液体を押し出す。ノズルから顔を出した液体は、いったん柱のように伸び、表面張力によって途中でくびれて千切れ、球形の液滴になる。
この過程で効いているのは、主に 3 つの性質である。
- 粘度 —— 高すぎると押し出すのに大きな力が要り、低すぎると尾を引いて余計な液滴(サテライト)ができる
- 表面張力 —— 液柱を千切って球にまとめる力。低すぎるとノズル面が濡れて飛行が乱れる
- 密度 —— 加速のしやすさと、飛行中の減速に効く
ヘッドのメーカーが「粘度は何 mPa·s から何 mPa·s」と指定するのは、この 3 つが釣り合う窓が狭いからである。インクジェットのインクは、飛ばすための物性に合わせて作られている。色を出すためではなく、まず飛ぶために作られている、と言ってもよい。
粒子が入ると「混相流」になる
ここに固体の粒子を入れると、問題の性質が変わる。それまでは一様な液体を扱っていたのが、液体と固体が混ざった流れになる。これを固液混相流と呼ぶ。
なぜ厄介なのか。粒子は流れに完全には従わないからである。
細い流路を液体が流れるとき、速度は一様ではない。壁に接した部分は遅く、中心ほど速い。粘性のある液体が管を流れると、速度分布はおおむね放物線状になる。
この速度差の中に固体の粒子を置くとどうなるか。粒子は大きさを持つので、粒子の片側と反対側で液体の速さが違う。この差が粒子に横向きの力を生み、粒子は流路の断面内で移動する。結果として、粒子の分布は流れの中で偏る。
さらに、粒子には慣性がある。流れが急に加速・減速するとき、液体はすぐ従うが粒子は遅れる。インクジェットの吐出は 1 回あたり数マイクロ秒から数十マイクロ秒という短時間の激しい加減速なので、この遅れが無視できない。
詰まり・曲がり・ムラは同じ原因から出ている
粒子の分布が偏るという 1 点から、現場の 3 つの症状が導ける。
| 症状 | ノズル内で起きていること |
|---|---|
| 詰まり | 流れの遅い場所(壁際、隅、流路の曲がり)に粒子が溜まる。溜まった粒子どうしがくっついて成長し、流路を塞ぐ |
| 飛行の曲がり | ノズル出口の粒子分布が左右で違うと、液柱が千切れるときの対称性が崩れる。液滴に横向きの速度が残る |
| 濃度ムラ | 液滴ごとに含まれる粒子の数が違う。1 滴あたりの粒子数が少ないほど、ばらつきの割合が大きくなる |
3 つを別々の不具合として扱うと、対策も別々になる。詰まればクリーニングの頻度を上げ、曲がれば駆動波形を調整し、ムラが出れば重ね刷りする。どれも症状への対処であって、原因への対処ではない。
混相流として一度に見れば、打つべき手が絞られる。粒子の大きさ、粒子の凝集の度合い、流路の寸法——この 3 つの関係を先に決めることである。
顔料インキは、なぜこの問題を回避できているのか
ここで当然の疑問が出る。通常の顔料インキだって粒子は入っている。なぜそちらは何十年も安定して飛んでいるのか。
理由は、顔料インキがこの問題を回避するために設計されてきたからである。長い時間をかけて、次のような条件を満たすように作り込まれている。
- 粒子径が小さく、揃っている。 分散処理で粒子を砕き、粒度分布を狭くする。ばらつきが小さければ、ふるまいも揃う
- 凝集しないように表面が処理してある。 分散剤が粒子表面を覆い、粒子どうしが近づいても反発するようにしてある。凝集させないことが分散技術の目的である
- 粒子の密度が液体と極端に違わない。 有機顔料の密度は水や溶剤に近く、放置しても沈みにくい
ここに、機能性インクの難しさの理由がある。金属や酸化物の粒子は密度が液体よりはるかに大きいので沈みやすい。そして今回の SERS のように、凝集そのものが機能である場合には、分散技術の目的と真っ向から対立する。
「顔料インキで実績のある技術だから大丈夫」という見立てが通らないのは、このためである。顔料インキの安定性は、粒子の性質を都合よく揃えた結果であって、粒子入りインク一般の性質ではない。
何が調べられたのか
論文が対象としているのは、金のコロイドナノ粒子の不規則な凝集体である。研究では「ステルスナノビーコン」と呼ばれている。
報告されている内容は次のとおりである。ここは論文の記述の範囲にとどめる。
- この凝集体は表面増強ラマン散乱(SERS)の信号を持ち、偽造防止の用途に有望とされる
- インクジェットで印刷すれば自由に配置できるが、粒子の凝集によって吐出が不安定になることが課題である
- 固液混相流の観点から、粒子径に依存する吐出のふるまいと、濃度分布が生じる機構を調べた
- 不規則なナノ構造を含む機能性インクを安定して印刷するための指針を示している
注目したいのは、研究が「粒子径に依存する」と述べている点である。粒子が入ると飛ばない、という単純な話ではない。どの大きさなら飛び、どの大きさから飛ばなくなるのかという、境界を扱う問題として立てられている。
「小さい」は比でしか意味を持たない
粒子径を扱うときに、絶対値だけを見ても判断できない。何と比べて小さいのかを決めなければ意味がないからである。
比べる相手は 2 つある。
- ノズル径との比。 粒子がノズルの寸法に近づくほど、通り抜けにくくなり詰まりやすくなる。ナノ粒子は単体ならノズル径の 1,000 分の 1 以下だが、凝集して数十倍になれば比は一気に変わる
- 液滴の体積との比。 1 滴に入る粒子の数が決まる。数が多ければ多少ばらついても平均に落ち着くが、数が少ないと 1 滴ごとの差が濃度ムラとして現れる
つまり、粒子径の管理とは「単体の粒子径を測ること」ではなく「凝集した状態での分布を押さえること」である。分散剤で単体に近づければ数値は良くなるが、この用途では機能まで失う。
なお、この論文は学会の論文誌に掲載されたものであり、査読前のプレプリントではない。
なぜ「不規則な凝集体」を刷りたいのか
ここで疑問が出る。粒子が凝集すると吐出が不安定になるのなら、凝集させなければよいのではないか。整った粒子を使えば済む話ではないか。
そうならない理由が、SERS という現象にある。
ラマン散乱とは、物質に光を当てたときに、その物質固有の波長のずれを持った散乱光がわずかに返ってくる現象である。ずれ方が分子の構造で決まるので、返ってきた光を調べれば何の物質かが分かる。指紋のようなものだと考えればよい。
問題は、この散乱がきわめて弱いことである。そこで、金や銀のナノ粒子の近くに分子を置くと、粒子の表面で光の電場が強く集まり、散乱が桁違いに強くなる。これが表面増強ラマン散乱である。
そして電場がとくに強く集まるのは、粒子と粒子のあいだの、ごく狭い隙間である。整然と並んだ粒子より、不規則に凝集した粒子のほうが、この隙間を多く持つ。凝集していることが、信号の強さの源になっている。
つまり、この用途では「刷りにくさ」と「効きめ」が同じ性質から出ている。凝集をほどけば飛ばしやすくなるが、同時に信号も失われる。ここに、この研究の難しさの本質がある。
偽造防止として何が優れているのか
この仕組みが偽造防止に向くとされる理由も、原理から説明できる。
- 見た目では分からない。 目視でも通常の撮影でも印が見えないので、そこに何かがあること自体が気づかれにくい
- 複製が難しい。 凝集体の形は制御されていない。同じ材料を用意しても、同じ配置は再現できない
- 読み取りに専用の装置が要る。 特定の波長のレーザーと分光器が必要で、コピー機やスキャナでは記録できない
2 番目が本質的である。再現できないものを印にするという考え方は、真贋判定の設計としては筋がよい。ただし逆に、正規品の側も同じ印を作り直せないということでもある。読み取った結果を照合するための台帳が別に要る。
安定して刷るための考え方
論文が示す指針の範囲で、そして原理から導ける範囲で、押さえるべき点を整理する。特定の製品に固有の運用は本稿では扱わない。
- 粒子径と流路径の比を最初に確かめる。 一般に、粒子が流路の寸法に対して大きくなるほど扱いが難しくなる。目標の機能を満たす最小の粒子径がどこかを、先に決める
- 凝集の度合いを「制御された量」として扱う。 凝集が機能の源であるなら、凝集を無くすのではなく、どの程度に揃えるかの問題になる
- 止めている時間を短くする。 流れが止まっているあいだに粒子は沈み、あるいは集まる。連続で走らせる運用と、間欠で使う運用では起きることが違う
- 濃度は「1 滴あたりの粒子数」で考える。 濃度が同じでも、液滴が小さければ 1 滴に入る粒子数は少なくなり、ばらつきの割合が大きくなる
4 番目は見落とされやすい。高精細にするほど液滴は小さくなり、粒子入りインクのばらつきは相対的に大きくなる。解像度を上げれば品質が上がるという直感が、ここでは通用しない。
なぜ「やってみないと分からない」になりやすいのか
粒子入りインクの評価が経験頼りになりやすい理由も、ここまでの整理から見えてくる。効いている要因が多く、しかも互いに絡んでいるからである。
粘度を下げれば飛びやすくなるが、粒子が沈みやすくもなる。分散剤を増やせば凝集は抑えられるが、粘度が上がり、乾燥後の膜に余分な成分が残る。濃度を上げれば必要な機能は出るが、詰まりやすくなる。1 つを良くすると別の 1 つが悪くなる関係が、いくつも同時に成り立っている。
こうなると、条件を 1 つずつ振って最適点を探すやり方では収束しない。組み合わせが多すぎるからだ。そこで実務では「とりあえず出してみる」に流れる。
それでも、原理から順序をつけることはできる。後から変えにくいものから先に決めるのが定石である。
- 粒子(径・凝集の度合い) —— 機能に直結するので、いちばん動かしにくい
- ヘッド(流路径・液滴サイズ) —— 装置の選定であり、途中では変えられない
- 液の物性(粘度・表面張力) —— 溶媒や添加剤で調整できる余地がある
- 駆動波形 —— もっとも後から動かしやすい
この順に決めていけば、少なくとも「波形をいくら調整しても直らない問題」に時間を溶かすことは避けられる。波形で直せるのは、上の 3 つが噛み合っている場合だけである。
この研究が答えていないこと
- 量産の速度。 実験室での吐出の観察と、生産速度で連続して走らせることは別である
- 長時間の連続吐出。 数時間、数日にわたって安定するかどうかは、この報告の範囲ではない
- 基材との相性。 着弾したあと、粒子が基材の上でどう並ぶか。定着はどうか
- 金という材料のコスト。 用途が限られる要因になりうるが、論文の主題ではない
- 1 本の研究である。 ここで示された知見が、他の粒子系にそのまま当てはまるとは限らない
「印刷する」ことの意味が変わってきている
この研究が置かれている文脈にも触れておきたい。インクジェットは、色を置く装置から、材料を置く装置へと役割を広げつつある。
プリンテッドエレクトロニクスでは導電材料を、バイオプリンティングでは細胞を含む液を、光学部品では屈折率の違う樹脂を置く。いずれも「決めた位置に、決めた量の材料を置く」という同じ操作である。色材を置くのは、その中の 1 つの応用にすぎないという見方ができる。
この見方に立つと、印刷会社が持っている資産の意味も変わってくる。位置を合わせる技術、量を揃える技術、連続して安定させる技術——これらは色に固有のものではない。材料が変わっても、そのまま効く。
もっとも、そこには相応の壁もある。色材のインクは何十年もかけて「飛ぶように」作り込まれてきたが、機能性材料は機能が先にあって、飛ぶかどうかは後から考えることになる。本稿で見てきた難しさは、まさにそこから出ている。
だから、この領域に踏み込むときに要るのは、「刷れるかどうか」を材料の段階から一緒に考えられる関係である。できあがったインクを渡されて「飛ばしてくれ」と言われる立場にいるかぎり、難所は解けない。
まとめ — 機能性インクを検討するときの問いの立て方
整理する。
- インクジェットのインクは、粘度・表面張力・密度が狭い窓に収まるように作られている
- 粒子を入れると固液混相流になり、粒子は流れに完全には従わなくなる
- 詰まり・飛行の曲がり・濃度ムラは、ノズル内の粒子分布の偏りという同じ機構から出ている
- 報告されたのは、金コロイドの不規則な凝集体について、粒子径に依存する吐出のふるまいと濃度分布の機構(電気学会論文誌 E 146 巻 8 号 199-204 頁)
- この用途では「刷りにくさ」と「効きめ」が同じ性質から出ている
「このインクを飛ばせないか」と相談されたときに、最初に確かめるべきことは 3 つである。
- 粒子は入っているか。入っているなら、その径はいくつか。 「入っていない」なら粘度と表面張力の調整で済む見込みがある。入っているなら別の問題になる
- 粒子は凝集しているか。凝集は機能に必要か。 必要でないなら分散を改善すればよい。必要なら、そこがこの案件の難所である
- 要る解像度はいくつか。 液滴が小さいほど 1 滴あたりの粒子数が減り、ばらつきが大きくなる。解像度と安定性はここで衝突する
この 3 つを聞くだけで、案件の難易度はかなりの精度で見積もれる。「やってみないと分からない」と答える前に、原理から予測できることは意外に多い。