ものづくりには、必ず消せない癖がある。オフセットには網点の粒状感があり、活版には紙の凹みがあり、再生紙には色ムラがある。インクジェットには走査の筋が出ることがある。

これらへの向き合い方は、突き詰めると 3 通りしかない。潰すか、隠すか、意匠にするかである。そして業界の歴史の大半は、最初の 2 つに費やされてきた。網点は細かくなり、筋は目立たなくなり、色ムラは管理された。

3 番目を選んだ事例が、学会誌に報告されている。田住梓氏らによる「大阪関西万博トイレ『島の蜃気楼』における,3D プリント外装材の設計・製造プロセスと廃材リサイクル」(日本画像学会誌 65 巻 4 号 388-394 頁、2026 年 8 月 10 日発行)である。

大型 3D プリントで避けられない熱収縮による歪み積層のテクスチャを、設計者との協働によって意匠へ昇華させたという報告である。本稿では、なぜその制約が生じるのかを原理から確かめ、そのうえで印刷の現場に持ち帰れる判断を取り出す。

大型 3D プリントで何が起きるのか

材料押出方式の 3D プリントは、溶かした樹脂を細い線として押し出し、それを積み重ねて形を作る。原理は単純だが、ここに 2 つの避けがたい性質がついてくる。

溶けた樹脂を線で置き、冷えた層から順に縮み、縮む量の差が反りになることを3段階で示した図
下の層が冷えて縮んでいるあいだに、上の層が積まれる

ひとつは熱収縮による歪みである。樹脂は溶けているときに膨らみ、冷えると縮む。造形は下から順に積むので、下の層は先に冷えて縮み始め、上の層はまだ熱い。この時間差が層ごとの縮み量の差になり、反りや割れとして現れる。

重要なのは、縮み量は長さに比例するということである。1% 縮むとして、10 cm なら 1 mm だが、1 m なら 1 cm になる。大きく造形するほど、ずれの絶対値が大きくなる。「大型 3D プリントが難しい」と言われるのは、この一点によるところが大きい。

もうひとつが積層のテクスチャである。線を並べて面を作る以上、線の跡は表面に残る。層と層の境目も筋として見える。これは造形方式そのものから出る必然で、設定を詰めれば消えるという種類のものではない

層を薄くすれば跡は目立たなくなるが、層の数が増えるぶん造形時間は比例して延びる。時間と表面の粗さが正面から交換関係にある。大きなものを速く作ろうとするほど、跡ははっきり出る。

この構造は、印刷の解像度の話とよく似ている。網点を細かくすれば粒状感は減るが、版・刷版・刷りのどこかで代償が出る。「もっときれいに」という要求は、必ずどこかの資源と交換されている。3D プリントの場合、その資源は時間である。

積層のテクスチャは不良か、表情か

この 2 つは、一般には「解決すべき課題」として語られてきた。研究の多くは、歪みを予測して形状を補正する方向か、造形後に研磨・塗装して跡を消す方向に向かっている。

その姿勢は理にかなっている。寸法精度が要る部品では、歪みは端的に不良である。表面の跡も、機能部品なら摩擦や気密の問題になる。

ただし、外装材ではどうか。求められているのは寸法精度ではなく見え方である。ここで前提が変わる。

歪みを潰そうとすれば、造形の速度を落とし、温度管理を厳しくし、失敗を織り込んで何度も作ることになる。歩留まりとコストが跳ね上がる。そして苦労して潰したとしても、得られるのは「歪んでいない普通の樹脂パネル」であって、それは射出成形で作ったほうが安い。

制約を潰す方向に進むと、その工法を選んだ理由そのものが消えてしまう。ここに、3 番目の選択肢が出てくる余地がある。

なぜ大型の外装で 3D プリントを選ぶのか

そもそも、この用途で 3D プリントが選ばれる理由を確かめておきたい。ここが分かると、制約の扱い方も見えてくる。

樹脂で大きな外装パネルを作るなら、通常は射出成形か真空成形を使う。どちらも安定していて速い。ただし、両方とも型が要る

  • 型代がかかる。 大型の型は高額で、数を作って割らなければ 1 枚あたりの単価が下がらない
  • 1 枚ごとに形を変えられない。 型は固定なので、パネルごとに違う形にはできない
  • 型を作る期間が要る。 設計変更のたびに型に戻る

この構造は、構造色インクジェットの記事で見た「版」の話とまったく同じである。型も版も、同じものを大量に作るための固定費であり、少量や 1 点ものではその固定費が割れない。

逆に言えば、3D プリントが選ばれるのは「同じものを大量に作るのではない」場面である。1 点ずつ形が違う、あるいは総数が少ない。そういう案件でこそ型を持たない工法が効く。

そして、そういう案件では寸法精度より見え方が問われることが多い。制約を意匠にするという選択が成立する土壌は、ここにある。

印刷業は、この判断を何度も通ってきた

「制約を意匠にする」という選択は、3D プリントに固有のものではない。印刷の歴史には同じ判断がいくつも埋まっている。

  • 活版の凹み。 かつては圧の掛けすぎとして嫌われ、平らに刷るのが技術だとされた。いま活版印刷に依頼する人の多くは、その凹みを求めている
  • リソグラフの版ずれ。 多色を重ねたときの微妙なずれは精度の不足だが、それが独特の表情として受け取られている
  • 再生紙の色ムラと夾雑物。 白さと均一さを求める文脈では欠点だが、環境配慮の文脈では「再生紙であることの証」として働く
  • 活字の摩耗。 使い込んだ活字の輪郭の崩れは、複製にはない一回性として読まれる

これらに共通しているのは、物理現象そのものは何も変わっていないということである。変わったのは、それをどう位置づけるかだけだ。凹みは昔も今も同じ深さで存在している。

では何が位置づけを変えたのか。代替手段が普及したことである。平らに刷れるオフセットが当たり前になったから、凹んでいることが選択として意味を持つようになった。均一な紙が安く手に入るから、ムラのある紙が意図として読まれる。

この見方は、いま自社が持っている「癖」を評価するときにも使える。その癖は、いまの標準的な工法では出せないものか。出せないものなら、それは看板になりうる。標準的な工法でも出てしまうものなら、それはただの精度不足である。

何が報告されたのか

論文が報告しているのは、大阪・関西万博のトイレ 7「島の蜃気楼」に用いられた 3D プリント外装材パネルの設計と製造のプロセスである。

述べられている要点は次のとおりである。ここは論文の記述の範囲にとどめる。

  • 大型 3D プリントの課題である熱収縮による歪みや積層テクスチャといった製造上の制約を、肯定的に解釈した
  • 設計者との協働によって、その制約を意匠として昇華させた
  • 素材は透明ポリカーボネートである
  • 試行錯誤を経て、反射・透過・歪みを伴う蜃気楼のような外観を実現した
  • 製造過程の廃材をリペレット化して再利用し、万博会場内および会期後の公共空間で家具に転用した

素材の選択が効いている点に注目したい。透明な材料では、歪みが光の屈折として現れる。不透明な材料なら歪みは輪郭の狂いとしてしか見えないが、透明なら「向こう側の景色が揺らぐ」という現象になる。蜃気楼という主題と、材料の癖が噛み合っている。

なお、この論文は学会誌に掲載されたものであり、査読前のプレプリントではない。

「協働」という言葉が指していること

報告の中で本質的なのは、設計者との協働という部分だと考える。

通常の分業では、設計者が形を決め、製造がそれを実現する。この順番だと、製造上の制約は「実現できませんでした」という後ろ向きの報告としてしか設計に届かない。設計はそれを受けて形を妥協する。制約は最後まで「引き算」として扱われる。

制約を意匠にするには、順番を変える必要がある。製造の癖を先に共有し、それを前提に意匠を組み立てる。そうすると、制約は引き算ではなく、その工法でしか出せない表現の源になる。

これは印刷の受注でもそのまま当てはまる。入稿されたデータをどう再現するかという問いと、この設備なら何が作れるかという問いは、別の仕事である。後者を提案できる会社は、前者しかできない会社と競合しない。

廃材を戻す設計

造形で出た廃材をリペレット化し、会場内で家具として使い、会期後は公共空間へ転用する循環の流れ図
作る前に「戻し先」を決めてあることが要点

もうひとつの軸が、廃材の扱いである。報告では、製造過程で出た廃材をリペレット化——粉砕して粒に戻す処理——して再利用し、家具として万博会場内と会期後の公共空間で使ったとされている。

ここで注目したいのは、これが処分の話ではなく設計の話であるという点だ。

材料を戻せるかどうかは、造形が始まるより前に決まっている。単一の素材で通したか、着色や表面処理を加えていないか、接着ではなく機械的に留めているか。これらの判断は、作り始めてからでは覆せない。複数の材料を混ぜてしまえば、あとから分けることはできない。

さらに、戻した材料の使い道も先に決まっていなければならない。リペレットした樹脂は、一般に元の材料と同じ性能では使えない。熱履歴を受けて分子鎖が短くなり、強度や透明性が落ちるためである。だから「元と同じものをもう一度作る」のではなく、性能の要求が低い用途へ落とすことになる。家具という転用先は、その意味で理にかなっている。

印刷業でいえば、どういうことか

この構造は、印刷業の古紙リサイクルとよく似ている。

紙も、再生を繰り返すと繊維が短くなって強度が落ちる。だから古紙は元と同じ用途には戻らず、板紙や中芯へと用途を下げながら使われていく。循環とは、同じ場所を回ることではなく、段階を下りながら使い切ることである。

そして、下りる先を用意しておけるかどうかが分かれ目になる。紙にフィルムを貼れば、その時点で古紙としての行き先が狭くなる。UV インキの硬化物も、特殊な加工も同じである。「あとで考える」では間に合わない。

この事例が示しているのは、新しい工法でも古い工法でも判断の構造は変わらないということである。作る前に戻し先を決めているかどうか。それだけである。

「捨てない」と「戻せる」は違う

環境対応の話をするとき、廃棄量を減らすことと材料を循環させることが混同されやすい。この 2 つは別の目標である。

廃棄量を減らすなら、歩留まりを上げる、端材が出ない形に設計する、といった手が有効である。そもそも廃材を出さない方向だ。一方、循環させるなら、出た廃材を再び材料として使える状態に保つことが要る。出ることを前提に、戻せるようにしておく方向である。

両者は同じ方向を向いているとは限らない。たとえば端材を減らすために複数の部品を一体で成形すれば、材料の種類が混ざって戻しにくくなることがある。どちらを優先するかは、案件ごとに決めるしかない。

この事例が扱っているのは後者である。造形の性質上、サポート材や試作で廃材が出ることは避けられない。だから出る前提で、戻せる形にしておいた。この順序が「設計の話」という言い方の中身である。

この事例が答えていないこと

  • 1 つの事例である。 万博という特殊な条件(工期・予算・話題性)のもとで成立したもので、一般の案件にそのまま当てはまるとは限らない
  • 量産性。 大型 3D プリントは 1 点あたりの造形時間が長い。数を作る用途に向くかどうかは別である
  • コスト。 従来工法と比べていくらだったのかは述べられていない
  • 耐候性・耐久性。 会期という限られた期間の使用である。屋外での長期使用のデータは範囲外である
  • リペレット材の性能。 何回まで戻せるのか、性能がどれだけ落ちるのかは示されていない

とくに 1 番目は強調しておきたい。「制約を意匠にする」という考え方が有効なのは、意匠が価値として認められる場面に限られる。仕様書に寸法公差が書かれている仕事では、この選択肢は最初から無い。

造形物と印刷物は、どこで交わるのか

印刷会社がこの領域に触れる機会は、実際には増えている。交わる点は主に 3 つある。

  • 什器・サイン・展示什器。 大判出力や造作を手がける会社にとって、立体の造形は隣の仕事である。すでに切削やカッティングで立体を扱っているなら、工法がひとつ増えるだけとも言える
  • パッケージの試作。 貼り箱や成形容器の形状検討で、模型を早く作れることには価値がある。型を作る前に手に取れる
  • 少量の付属品。 台座、スペーサー、治具。数十個で、しかも案件ごとに形が違うもの。型を作るには少なすぎる領域である

ただし、いずれの場合も同じ問いに戻る。その仕事は、型を作らないことに価値がある仕事か。そうでなければ、既存の工法のほうが速くて安い。

この判断の構造は、デジタル印刷を導入するときと変わらない。版を持たない工法は、版を持つ工法より単価が高いのが普通である。それでも成立するのは、版代と段取りが消える領域に限られる。工法が新しくても、損得の勘定は同じ形をしている。

まとめ — 印刷の現場に持ち帰れる問い

整理する。

  • 大型 3D プリントの歪みは、層ごとに冷える時間が違うことから出る。縮み量は長さに比例するので、大きいほど不利になる
  • 積層のテクスチャは造形方式の必然で、設定で消える種類のものではない
  • 報告されたのは、その制約を設計者との協働で意匠に転じた事例(日本画像学会誌 65 巻 4 号 388-394 頁)
  • 透明ポリカーボネートを使うことで、歪みが光の揺らぎとして働いた
  • 廃材のリペレットと家具への転用は、処分ではなく設計の話である

この事例から持ち帰れる問いは 2 つある。

ひとつめ。自社の工程が持っている「癖」のうち、意匠に変えられるものはどれか。網点の粒状感、活版の凹み、再生紙の色ムラ、リサイクル材の色の揺れ、インクジェットの筋。これらを「精度が足りない」として詫びながら納品するのか、「この設備でしか出ない表情」として提案するのか。同じ物理現象に対して、立場が 2 つある。

ただし、この転換には条件がある。癖を意匠として出すなら、その癖を制御できていなければならない。意図せずばらつくものは、意匠ではなく不良である。「狙って出している」と言えるだけの再現性を確保して初めて、提案として成立する。

ふたつめ。いま作っているものの戻し先を、作る前に決めているか。単一素材で通せる案件はどれか。加工を足すことで、どの行き先が閉じるのか。環境対応が発注者から求められるようになったいま、この問いに答えられることは、そのまま提案の材料になる。

制約は減らすものだと考えられがちだが、制約こそがその工法の個性でもある。どの制約を潰し、どの制約を看板にするか。その選び方に、工場の性格が出る。