資材の値上げ要請には、たいてい同じ一文が添えられている。「原材料価格の高騰により、やむを得ず」。この一文が何年も繰り返されると、それが恒久的な事実であるかのように受け取られていく。
だが値上げというのは、本来は一時の措置である。原価が上がったぶんを売価に乗せて、失った利益を取り戻すための行為だ。取り戻し終わったあとも同じ理由が使われているなら、それは別のことが起きていることになる。
では、いま供給側の採算は実際どうなっているのか。12 月期決算のインキ・材料 11 社の中間決算を並べてみると、はっきりした形が出てくる。増収と同時に営業利益率が上がっている。11 社の合計で、営業利益率は 5.12% から 6.89% へ 1.8 ポイント改善した。
これは「転嫁が通った」局面の形である。この記事では、その数字を確かめたうえで、値上げが川下へ届くまでに何が起きているのかを整理する。
この記事が見ている数字
使うのは、各社が金融庁の EDINET に提出した半期報告書である。対象は決算期が 12 月で、前年同期と当期の中間期がそろっている 11 社とした。
なぜ 12 月期だけを切り出すのか。理由は単純で、決算期が違う会社を同じ表に並べると比較にならないからである。3 月期の会社の「中間期」は 4 月から 9 月、12 月期の会社の「中間期」は 1 月から 6 月を指す。同じ「2026 年の上半期」と呼んでも、対象の 6 か月が 3 か月ずれている。原材料の相場も為替もその 3 か月で動く。
本稿と対になる 3 月期の集計は別稿にある。両者の数字を足したり、同じグラフに載せたりはしていない。
- 連結が正。 単体でしか開示していない会社が 2 社(光ビジネスフォーム、スターツ出版)含まれる。表には載せているが、名前のあとに「単体」と付した
- 営業利益で見る。 純利益は特別損益で振れる。値上げが通ったかどうかを見るなら、本業の儲けを表す営業利益のほうが向いている
- 合計はすべて編集部の集計。 会社ごとの数字は提出書類そのものだが、11 社の合計と利益率はどこかが発表している統計ではない
インキ 3 社はそろって増収している
まず売上から見る。
| 会社 | 売上(前年同期 → 当期) | 増減率 | 営業利益率 |
|---|---|---|---|
| DIC | 5,232 億円 → 5,930 億円 | +13.3% | 5.2% → 8.7% |
| artience | 1,687 億円 → 1,897 億円 | +12.4% | 5.6% → 6.6% |
| サカタインクス | 1,264 億円 → 1,420 億円 | +12.4% | 6.0% → 6.4% |
印刷インキを主力とする 3 社が、そろって 12% を超える増収になっている。偶然そうなったと考えるより、同じ市場環境が 3 社に同じように効いたと読むほうが自然である。
ここで一度立ち止まりたい。増収そのものは、良い知らせとは限らない。売上は「数量 × 単価」でしかないので、増収には少なくとも 3 通りの中身がありうる。
- 数量が増えた —— 需要が回復した、シェアが増えた
- 単価が上がった —— 値上げが通った、製品構成が高付加価値に寄った
- それ以外 —— 為替の換算差、企業買収による連結範囲の拡大
売上だけを見ていては、このどれなのか分からない。だから利益率と並べて見る必要がある。
「それ以外」を疑う手順
3 つ目の「それ以外」は見落とされやすいので、確かめ方を書いておく。半期報告書を開いたとき、順に見る場所は決まっている。
- 連結の範囲に変更が無いか。 期中に子会社が増えていれば、その会社の売上がまるごと足されている。実力ではなく足し算で増えた売上である
- 海外売上の比率と、為替の前提レート。 海外比率が高い会社は、現地通貨で横ばいでも円換算では増収になる。前提レートは注記に書かれていることが多い
- 数量と単価のどちらで増えたと書いてあるか。 経営者による分析の章に「販売数量の増加により」「販売価格の改定により」と書き分けられている
この 3 つを見ると、同じ「+13%」でも中身がまるで違うことがある。増収率という 1 つの数字は、それだけでは何も語っていないと考えたほうがよい。
しかも利益率が上がっている
11 社の合計では、営業利益率が 5.12% から 6.89% へ 1.8 ポイント上がった。営業利益の額は 571 億円から 854 億円へ、5 割近く増えている。
とくに DIC は 5.2% から 8.7% へ 3.6 ポイントの改善である。売上が 13.3% 増えたうえで利益率まで上がっているので、増えた売上の利幅が、もとからあった売上の利幅より厚いということになる。
増収増益率という形が何を意味するか
ここは丁寧に押さえておきたい。原価が上がったぶんだけを売価に乗せた場合、金額の利益は守れても、利益率は下がる。分子(利益)が同じで分母(売上)だけが膨らむからである。
簡単な数字で確かめる。売上 100・原価 90・利益 10(利益率 10%)の商売があるとする。原価が 90 から 100 へ上がり、そのぶんだけ売価を 110 に上げたなら、利益は 10 のまま、利益率は 10 ÷ 110 = 9.1% に下がる。値上げが「原価上昇ぶんちょうど」なら、必ずこうなる。
逆に言えば、増収と同時に利益率が上がっているなら、値上げは原価上昇を超えて通っているか、原価そのものが下がっている。どちらであるかは全社の数字だけでは分からないが、少なくとも「原価上昇ぶんを取り戻す段階」は終わっている、とは言える。
この記事は、その是非を論じる立場にない。取引条件は個別の契約の話であって、記事が善悪を言うものではない。ただ、交渉に臨む側が前提を更新しないまま「原材料高だから仕方ない」と受け取り続けるのは、事実に照らして正確ではないとは言える。
1.8 ポイントの改善は、誰が作ったのか
ここで、比率を金額に戻す手順を通しておく。合計の利益率が動いたときは、必ず「誰が動かしたのか」を金額で特定する。比率は分母と分子の両方で動くので、それだけを見ていると原因の場所を取り違える。
11 社の営業利益は 571 億円から 854 億円へ、282 億円増えた。このうち DIC 1 社で 249 億円を占める。実に 88% である。DIC を除いた 10 社の増加は 34 億円にとどまる。
つまり、「材料側は総じて採算が改善した」と読むのは正確ではない。正しくは「11 社のうち 1 社が大きく改善し、それが合計を押し上げた」である。この違いは、自社の仕入先がどこかによって意味がまったく変わる。DIC と取引していない会社にとって、この 1.8 ポイントは自社の交渉相手の話ではない。
前稿の 3 月期の集計でも同じ手順を使い、営業利益の減少 239 億円のうち 219 億円が機材 5 社で起きていることを確かめた。平均が動いたら金額に戻す——この 1 手順を挟むかどうかで、決算から引き出せる結論の精度がまるで変わる。
同じ「材料」でも、位置が違えば結果も違う
11 社すべてが上がったわけではない。紙器・容器を手がける会社を並べると、様子が変わる。
| 会社 | 売上増減率 | 営業利益率 |
|---|---|---|
| ダイナパック | +15.1% | 4.5% → 5.6% |
| 竹本容器 | +5.9% | 6.8% → 8.6% |
| ザ・パック | +5.8% | 6.0% → 5.9% |
| 古林紙工 | +6.5% | 3.4% → 3.3% |
ダイナパックと竹本容器は利益率を上げているが、ザ・パックと古林紙工はほぼ横ばいである。増収率も 6% 前後で、インキ 3 社の 12% には届かない。
この差は、取引の相手が誰かで説明できる部分が大きい。インキメーカーの主な相手は印刷会社であり、そこから先の発注者までは距離がある。一方、紙器メーカーの相手は最終製品を売るメーカーや小売で、消費者の値札に近い。値札に近いほど、値上げの抵抗は強くなる。
値札に近いことがなぜ不利に働くのか。最終製品の価格には、心理的な区切りがあるからである。198 円で売っていた商品を 208 円にするのは、原価が 5% 上がったからといって簡単に決められることではない。売り手は値上げの代わりに、内容量を減らすか、包装の仕様を落とすか、調達先を替えるかを検討する。そのしわ寄せが包装の発注に来る。
一方、印刷会社がインキの値上げを受けるときには、そこまでの制約はない。印刷物の価格に 198 円のような区切りは無く、見積の総額の中で吸収する余地がある。同じ「値上げ交渉」でも、相手が持っている逃げ場の数が違うのである。
同じ「材料」という括りの中でも、川のどこに立っているかで利益率の動きは違う。層で括った平均を、自社の位置の説明に使わないほうがよい。
下げた会社が示していること
11 社のうち、営業利益率を下げた会社もある。ここを飛ばすと、この集計は「材料側は好調だった」という雑な話になってしまう。
| 会社 | 売上増減率 | 営業利益率 |
|---|---|---|
| 日本創発グループ | +13.4% | 3.2% → 1.4% |
| リョービ | +2.0% | 3.9% → 2.8% |
| スターツ出版(単体) | +2.8% | 19.9% → 12.9% |
目を引くのは日本創発グループである。売上は 13.4% 増えているのに、営業利益率は 3.2% から 1.4% へ半分以下に落ちている。インキ 3 社と同じ「増収」でありながら、結果が正反対になった。
ここに、決算を読むうえでの大事な区別がある。増収は、それ自体では何も保証しない。売上が増えても、増えたぶんの利幅が薄ければ、あるいは増やすために使った費用のほうが大きければ、利益率は落ちる。M&A で連結範囲が広がった場合も、買った会社の利益率が低ければ全体の率は下がる。
「増収増益」「増収減益」という言い方が業界紙で使われるのは、この区別を一言で示すためである。増収減益は、成長のために費用を先に使った局面でも、単に採算が悪化した局面でも起きる。どちらであるかは、率だけを見ていては分からない。
リョービは印刷機と建築用品・ダイカストを併せ持つ会社で、印刷機材の層に属する。12 月期であるためこの集計に入っているが、機材メーカーの中間決算を扱った別稿で見たとおり、機材の層は 3 月期の会社も含めて総じて厳しい期だった。決算期が違っても同じ方向に動いているなら、それは市場環境の話である可能性が高い。
値上げは川下へ何か月遅れて届くのか
供給側で利益率が上がった、という事実は、川下の会社にとっては「自社の原価が上がった」という意味になる。ではその原価上昇は、いつ自社の損益計算書に現れるのか。
これは交渉力の問題ではなく、時間の問題である。少なくとも 3 つの関門がある。
- 在庫の回転。 値上げ前に仕入れた在庫を使っているあいだは、原価はまだ上がらない。回転が遅い品目ほど、原価上昇の到達も遅れる。逆に言えば、影響が出ていないのは在庫があるからで、通っていないからではない
- 契約の更改周期。 年間契約や定期物の単価は次の更改まで動かせない。期中に原価が上がっても、売価が追いつくのは早くて数か月、遅ければ 1 年後になる
- 見積の有効期限。 すでに提出した見積で受注した仕事は、その価格で刷るしかない。長納期の案件ほど、受注時と生産時の原価が乖離する
この 3 つはどれも「上手に交渉すれば消える」ものではない。構造として残る遅れである。だから川上と川下の利益率は、同じ局面でも逆方向に動くことがある。
インキの値上げは、印刷原価にどれくらい効くのか
もうひとつ、量の感覚を持っておきたい。印刷物の製造原価に占める割合は、品目によって幅があるものの、用紙のほうがインキよりはるかに大きいのが普通である。オフセットの一般的な商業印刷では、インキが原価に占める比率は数パーセントの水準にとどまる。
この比率が意味するのは、インキが 1 割上がっても、印刷原価に直接効くのは 1 パーセント未満だということである。用紙が 1 割上がった場合とは、桁がひとつ違う。
にもかかわらずインキの値上げが交渉の場で重く扱われるのは、それが単独では来ないからである。原材料の相場が動く局面では、インキも用紙も版材も薬品も、時期をずらしながら同じ方向に動く。個々の影響は小さくても、重なれば利益率を数ポイント動かす。
だから購買の実務では、品目ごとの値上げ率よりも、原価全体に占める加重平均の上昇率を見たほうがよい。「今期、仕入全体で何パーセント上がったのか」が分かって初めて、売価にいくら乗せる必要があるかが決まる。
遅れがあるなら、何を先に決めておくか
遅れが構造なら、対処も構造で打つしかない。実務としては次の 3 つが手をつけやすい。
- 主要品目の在庫回転日数を把握しておく。 「あと何日ぶんの旧価格在庫があるか」が分かれば、原価が上がる時期を先に見積もれる
- 契約の更改月を一覧にしておく。 更改が同じ月に集中していると、値上げの反映も同じ月に集中して損益が段差になる。ばらしておくほうが平準化できる
- 見積の有効期限を運用として決める。 期限を書いていない見積は、事実上いつまでも有効になる。長納期の案件ほどここが効く
この数字で分からないこと
本稿の集計には、はっきりした限界がある。
- セグメントが見えない。 使っているのは全社の売上と営業利益である。DIC も artience も印刷インキ以外の事業(顔料・機能性材料・ポリマーなど)を大きく抱えており、全社の改善が印刷インキで起きたとは限らない。むしろ、この点は本稿の最大の弱点である
- 海外比率と為替。 インキ大手はいずれも海外売上の比率が高い。円安が進んだ期間は、それだけで円換算の売上と利益が膨らむ。今回の集計はここを調整していない
- 連結範囲の変更。 買収や売却があれば、前年同期と当期で対象そのものが違ってくる
- 11 社という母集団。 12 月期という切り口で選んだ集団であり、印刷資材の供給側を代表しているわけではない
- 原材料そのものの相場は見ていない。 ナフサや顔料の価格には一次資料に当たれていないので、本稿では触れていない
とくに 1 点目は、この記事の結論を「インキの利益率が上がった」と断定できない理由である。言えるのは「インキを主力とする 3 社の全社利益率が、そろって上がった」までである。
まとめ — 次回に持ち越す問いと、購買の実務への当て方
確かめられたことを整理する。
- 12 月期決算 11 社の中間期の売上は 1 兆 1,157 億円 → 1 兆 2,395 億円(+11.1%)
- 営業利益率は 5.12% → 6.89%。営業利益の額は 571 億円 → 854 億円
- インキ 3 社(DIC・artience・サカタインクス)がそろって 12% 超の増収。DIC は利益率も 3.6 ポイント改善
- 紙器・容器側は増収率も利益率の改善幅も小さい。川のどこに立つかで結果が違う
次回の column-biz-inki-tenka-2027 では、同じ 11 社・同じ 2 指標で追いかける。答えたい問いは 2 つある。利益率の上昇は続いたのか。そして紙器・容器側は遅れて追いついたのか。後者が起きるなら、値上げが川下へ届く時間差の実測値になる。
購買の実務としては、値上げ要請を受けたときに確かめる材料がひとつ増えたことになる。相手の全社利益率が改善局面にあるのか、悪化局面にあるのかは、半期報告書を 1 枚めくれば分かる。それは交渉のカードではなく、こちらの見通しを立てるための材料である。原価上昇ぶんの転嫁なのか、それとも別の局面に入っているのかで、次の 1 年の構えが変わる。
本記事は公開情報(EDINET に提出された半期報告書等)の整理・解説であり、投資判断を目的としたものではない。数値は各社の提出書類に基づくが、最終的な確認は原本に当たられたい。