会期最終日の夕方、撤去の始まった会場で、輪ゴムで束ねた名刺の厚みを確かめる。去年より少し厚い。ひとまず「よかった」と言い合って、機材を箱に詰める。そして 3 か月後、その束から生まれた受注を数えると、ゼロか、1 件である。

この光景は珍しいものではない。名刺の枚数は増えたのに、何も変わらない。原因を「展示会が悪い」「業界が冷えている」に求めてしまうと、翌年もまた同じ小間を建てることになる。

展示会は、営業の場である前に物理的な場である。人が歩き、視線が動き、決まった秒数で通り過ぎていく。そこで何が起きるかは、かなりの部分が事前に設計できる。この記事では、来場者の歩き方から逆算して、掲出物・展示物・スタッフの立ち位置・セミナー枠・そして会期後 90 日までを組み立て直す。数字はすべて前提を書いたうえで示すので、自社の条件に置き換えて使ってほしい。

名刺の束は成果ではない

最初に、言葉を整理しておきたい。展示会で「成果が出た」と言うとき、実際には次の 4 つがまったく別のものとして混ざっている。

何を数えているか意味することこれ単独で価値があるか
名刺の枚数接触した人の数ない。配布物を取りに来ただけの人も含まれる
会話した件数こちらの話を聞いた人の数ほとんどない。内容が残っていなければ次がない
次に会う約束相手の時間を確保できた数ある。ここから先が営業になる
具体的な案件数量・時期・予算のいずれかが出た数ある。ただし会期中に出ることは少ない

展示会の成果として数えるべきは、下の 2 つだけである。上の 2 つは、下の 2 つを生むための材料にすぎない。ここを分けずに「名刺が何枚」で報告すると、翌年の改善点が見えない。

なぜ名刺の枚数が指標になってしまうのか

理由は単純で、その場で数えられる唯一のものだからである。次の約束も、案件も、会期中には確定しない。撤去の日に手元にあるのは名刺だけなので、それを成果として報告することになる。

だから、指標を変えるには会場で記録する内容を変えるしかない。名刺を受け取ったときに、何を話したか、相手が何に困っていたか、次に何をするかを、その場で書き残す。それだけで、報告できる指標が「枚数」から「次の約束の数」に変わる。

展示会は「通行量 × 秒数」でできている

ここから設計の話に入る。まず、来場者の側から見た展示会がどういう場なのかを、数字で押さえておきたい。

日本の展示会では、いわゆる基礎小間の間口はおおむね 3m 程度である。そして、人が会場の通路を歩く速度は、混雑していなければ秒速 1m 前後になる。この 2 つを掛け合わせると、1 つの小間の前を通り過ぎるのに要する時間は、およそ 3 秒ということになる。

3 秒である。この 3 秒のあいだに、来場者は次のことを済ませている。

  • 視界に入った掲出物を、無意識に読む
  • 自分に関係があるかどうかを判定する
  • 関係がなければ、そのまま歩き続ける

この判定に失敗した時点で、ブースの中身は一切見られない。どれだけ良い機械を持ち込んでも、どれだけ丁寧な資料を作っても、3 秒の判定を通過しなければ存在しないのと同じである。

通路を歩く来場者が減速し、立ち止まり、会話し、商談として残るまでの各段階と、それぞれで効く要素を示した図
図1: 各段で落ちる理由は違う。名刺の枚数を増やしたいのか、商談を増やしたいのかで、手を入れる場所が変わる。

どの段で落ちているのかを見る

図のように、来場者は「通行 → 減速 → 立ち止まり → 会話 → 次の約束」と進む。改善を考えるときは、自社がどの段で落としているのかを先に特定する

症状落ちている段手を入れる場所
誰も足を止めない通行 → 減速上部の掲出。遠くから読める 1 行
止まるが、すぐ離れる減速 → 立ち止まり目の高さの展示物。入りやすさ
会話は多いが名刺が少ない会話 → 記録会話の締め方と記録の運用
名刺は多いが商談がない記録 → 次の約束会話の中身と、会期後の設計

この特定をせずに「もっと目立つブースにしよう」と装飾費を積むと、すでに通過している段に投資することになる。会期中に、各段の人数をおおまかにでも数えておくと、翌年の判断がまるで変わる。

3 秒が伸びる条件、縮む条件

先ほどの 3 秒は、通路を普通に歩いている人の話である。実際には、条件によってかなり動く。

条件通過時間への影響
通路が混雑している歩く速度が落ちるので伸びる。ただし視線は前の人に向かう
角小間(2 面が通路に面する)視認される角度が広がり、実質的に伸びる
通路幅が広い視認距離が伸びるぶん有利だが、遠くなるので文字は大きさが要る
会場の入口直後来場者はまだ全体を見渡そうとしており、個別の小間は見られにくい
会期最終日の午後目的の小間を回り終えた人が流れてくる。立ち止まりやすい

意外に見落とされるのが、最後の 2 つである。入口の近くは必ずしも良い場所ではない。入場直後の来場者は、会場全体を把握しようとしていて、個別の小間の内容までは見ていない。一方、会場の中ほどや、目的の小間へ向かう主動線の途中は、すでに「見る」モードに入った人が通る。

小間の位置は主催者との調整で決まる部分が大きいが、希望を出すときに「入口の近く」とだけ言うのはもったいない。会場図を見て、どの動線上にあるかで判断したい。

情報が手に入る時代に、なぜ見本市が残ったのか

ここで少し引いて考えたい。カタログも仕様も価格も、いまはたいてい調べられる。それでも見本市という形式は世界中で続いている。なぜか。

見本市の起源は、商人が特定の日時に特定の場所へ集まる市にさかのぼる。情報も交通も限られていた時代、「同じ場所に同じ時期に集まる」ことは、それ自体が巨大な効率化だった。売り手を探す手間、買い手を探す手間が、一気に圧縮される。

その機能の多くは、いまや通信が代替した。ところが、代替されなかったものが 3 つある。

  • 触れること — 紙の手触り、加工の艶、機械の音と振動。画面では伝わらない情報がある
  • 並べて比べること — 同じ日に、同じ条件で、複数の選択肢を比較できる場は他にない
  • 偶然に出会うこと — 検索は「知っているもの」しか見つけられない。会場では、探していなかったものに出会う

3 つめはとくに重要である。検索という行為は、言葉にできる needs しか拾えない。言葉にできていない困りごとを持った人が、通路を歩いていて「これだ」と気づく。展示会が残っているのは、この経路が他にないからである。

だから、展示するものが決まる

この 3 つから、何を展示すべきかが導かれる。触れるもの、比べられるもの、そして探していなかった人に気づかせるもの。

カタログに書いてあることを大きく引き伸ばしてパネルにするのは、この 3 つのどれにも当てはまらない。それは画面で読めるからである。会場でしかできないことに、貴重な小間の面積を使いたい。

印刷会社にとっての展示会は、2 種類ある

もう 1 つ、整理しておきたいことがある。印刷会社が関わる展示会には、性格の違う 2 種類がある。

機材・技術の展示会発注側が集まる展示会
来場者同業の印刷会社メーカー・小売・サービス業の販促や購買の担当
出展の目的情報収集、設備の比較、同業との接点受注
印刷会社の立場主に来場する側出展する側
話す言葉方式・速度・仕様納期・ロット・費用・手間

この違いは決定的である。発注側が集まる展示会に、機材の話を持ち込んでも通じない。来場者は印刷方式に興味がないし、そもそも用語が共有されていない。逆に、同業が集まる展示会で発注側向けの説明をしても、相手はすでに知っている。

出展を決めるときは、「どちらの展示会に、どちらの立場で出るのか」を最初に確認する。ここを外していると、その後の設計が全部ずれる。

会期が始まる前に、半分は決まっている

設計の話を続ける前に、時間軸を前に戻しておきたい。展示会の成果は、会期の何週間も前から作られている。ここを空白にしたまま当日を迎える会社は多い。

既存の取引先を呼ぶ

展示会は新規開拓の場だと思われがちだが、実際に成果が出やすいのは、既存の取引先との関係を一段深めることである。理由は単純で、会場では相手に時間があるからである。

普段の訪問は、用件を済ませたら終わる。担当者と 30 分話すために日程を調整するのは容易ではない。ところが展示会に来てもらえれば、相手はもともと見に来ているので、時間を確保しやすい。そして、普段は会えない上位の決裁者が同行してくることがある。

具体的には、次のような準備になる。

  • 会期の 3〜4 週間前に、招待状や案内を送る(自社で刷れるのだから、ここは強みにできる)
  • 「◯日の午後に来ませんか」と日時を指定して誘う。「ぜひお越しください」では来ない
  • 来場が決まったら、その相手に見せるものを個別に用意しておく

会いたい相手を決めておく

新規についても、当日の偶然だけに頼らない方法がある。出展社の一覧や来場対象の業種は事前に公開されるので、「この業種の人が来たら何を話すか」を決めておくことはできる。

ここまで準備しておくと、当日の会話が変わる。相手の業種を聞いた瞬間に、話すべき事例と見せるべき現物が決まっている状態になる。その場で考えていては、3 分の会話は終わってしまう。

社内の体制を先に決める

もう 1 つ、地味だが効くのが人の手配である。

  • シフトを組む — 立ちっぱなしで 1 日は保たない。集中力が落ちた時間帯の会話は残らない
  • 役割を分ける — 呼び込む人、説明する人、記録する人。全員が同じ動きをすると取りこぼす
  • 会期後の時間を先に押さえる — フォローの時間をカレンダーに入れてから出展を決める

最後の 1 つは、この記事の結論を先取りしている。フォローの時間を確保できないなら、出展の規模を下げたほうがよい。

通路から読まれるのは 1 行だけ

3 秒の判定を通過するために、何を掲げるか。ここが最初の分岐点になる。

ブースの高さ帯ごとに読まれる距離が違うことを示した図。2.5m以上は遠距離、1.0〜1.7mは立ち止まった人、1.0m未満はほぼ読まれない
図2: 同じ紙でも、貼る高さで効き方がまるで違う。上部は遠距離、目の高さは立ち止まった人のためのものである。

高い位置の掲出は、遠くから読まれる。ここに置けるのは、実質的に1 行だけである。そしてその 1 行に、多くの会社が社名を置いてしまう。

社名は、すでに知っている人にしか効かない。3 秒で判定している来場者が知りたいのは、「この会社は何ができるのか」「自分に関係があるのか」である。したがって上部に置くべきは、次のようなものになる。

  • 自社が引き受けられる仕事の種類(できるだけ具体的に)
  • 来場者が抱えていそうな困りごとを、そのまま言い当てた一言
  • 数字で言えることがあれば、その数字

「総合印刷」「トータルソリューション」といった言葉は、範囲が広すぎて判定に使えない。広く言うほど、誰にも引っかからなくなる。絞った言い方のほうが、結果として立ち止まる人は増える。

読める距離から逆算する

文字の大きさも、感覚で決めないほうがよい。読める距離は文字の高さに比例して伸びる。仮に「文字の高さの 300 倍の距離まで読める」と置けば、高さ 10cm の文字は 30m 先まで読めることになる。この係数は書体・明るさ・背景で大きく動くので目安でしかないが、「何メートル先の人に読ませたいのか」を先に決めるという考え方は、そのまま使える。

通路の反対側から読ませたいのか、隣の小間の前を歩いている人に読ませたいのかで、必要な文字の大きさは変わる。会場図で通路幅を確認してから、掲出物の文字サイズを決める。これをやっている会社は驚くほど少ない。

機械ではなく、困りごとを展示する

次に、目の高さの帯である。ここは、立ち止まった人が見る場所になる。

印刷会社の展示でありがちなのが、設備の写真と仕様を並べるという構成である。これは自社の側から見た説明であり、来場者の側から見ると「だから何ができるのか」が分からない。

来場者は、機械を買いに来ているのではない。自分が抱えている問題を解いてくれる相手を探しに来ている。したがって、展示の主語を入れ替える必要がある。

自社が主語の展示来場者が主語の展示
「◯◯機を導入しました」「小ロットでも、1 週間でお届けできます」
「特殊加工に対応」「この手触りは、こう作っています」(現物を置く)
「一貫生産体制」「デザインから発送まで、窓口 1 つで済みます」
「品質管理を徹底」「色の違いを、この 2 枚で見比べてください」

現物には勝てない

印刷会社の強みは、手に取れるものを作っていることである。これは展示会という形式と極めて相性がよい。

  • 比較できる形で置く — 良い例だけを置いても伝わらない。2 つ並べて初めて違いが分かる
  • 触らせる — 「お手に取ってください」と書くだけで、立ち止まる時間が変わる
  • 作っている途中を見せる — 完成品より、工程の途中のほうが人は足を止める

実演ができるなら、それがいちばん強い。動いているもの、音がするもの、変化するものは、視界の端でも認識される。3 秒の判定を通過する力が、静止したパネルとは比べものにならない。

ノベルティで人を集めない

配布物で人を集める方法はある。ただし、集まる人の性質が変わる。配布物を目的に来た人は、配布物を受け取ったら去る。その間、スタッフは本来話すべき相手と話せない。

小間が混んでいるように見えるので手応えはあるが、次の約束の数は増えない。混雑と成果は別物である。配布物を用意するなら、話した相手にだけ渡す、といった設計にしたい。

配る紙は、1 種類にしない

とはいえ、紙をまったく渡さないわけにもいかない。ここでも、印刷会社なら工夫の余地がある。

  • 通りすがりに渡すもの — 1 枚。何ができる会社かだけが書いてある。読むのに 10 秒
  • 話した相手に渡すもの — 事例と、具体的な仕様と、連絡先。持ち帰って社内で回せる厚み
  • 次の約束をした相手に渡すもの — 現物の見本。捨てられにくく、机の上に残る

3 つめが効く。紙は捨てられるが、手触りのある現物は残る。会期後に電話をしたとき、相手の机の上にまだあるかどうかで、話の入り方がまるで違う。自社で作れるものを、そのまま営業ツールにできるのは印刷会社の特権である。

会場で撮る

もう 1 つ、忘れられがちなことがある。自社のブースの写真を、人が写っている状態で撮っておく。翌年の企画にも、会社案内にも、採用の資料にも使える。撤去のあとで「そういえば撮っていなかった」となる会社は多い。

ついでに、他社のブースで感心した点をメモしておく。視察は無料でできる最大の学習機会である。会期中に 30 分だけ、自社の小間を離れて会場を歩く時間を、シフトに組み込んでおきたい。

会期中の運営は、声かけより先に「立ち止まれる形」

ブースの中身が決まったら、次は人の配置である。ここで最も多い失敗が、スタッフが通路側に並んで立つことである。

本人たちは「声をかけやすいように」と思っている。しかし来場者から見ると、小間の入口に人の壁ができている状態になる。入れば必ず話しかけられる場所には、人は入らない。とくに、まだ判断していない段階の人ほど避ける。

立ち止まれる形の条件

  • 通路側 1m は空けておく — 立ち止まった人が、通行の邪魔にならずに留まれる余白を作る
  • スタッフは横か奥に立つ — 正面を塞がない。見ている人の視界に入る位置で待つ
  • 見る対象を通路寄りに置く — 現物や実演を手前に置けば、奥に入らなくても足が止まる
  • スタッフ全員が同時に話し込まない — 誰も手が空いていない小間は、次の人が入れない

声のかけ方にも順序がある。「ご覧になりますか」は判断を迫るので断られやすい。相手が見ているものについて、事実を 1 つ言い添えるほうが会話は続く。「それ、通常の半分の厚みなんです」といった一言である。

会話の目的は、聞くこと

限られた時間で自社の説明を全部しようとすると、相手は聞くだけになり、記憶にも残らない。会場でやるべきは、説明ではなく質問である。

聞くべきことは、要望ではなくいま困っていることである。「どんなものをお探しですか」より、「いまはどちらに出されていますか」「そこで困ることはありますか」のほうが、次につながる情報が出てくる。そして聞いた内容は、その場で名刺に書く。

会話を終わらせる技術

意外に語られないのが、会話の終わり方である。1 人と話し込んでいるあいだ、通り過ぎていく人の数は変わらない。長く話すことが良いとは限らない。

目安として、会場での会話は 5 分を超えたら、場所を変える提案をするのがよい。「詳しくは改めてお伺いします」「サンプルをお持ちします」と言って、次の約束に変換する。これは相手を切っているのではなく、相手のためにも短時間で終えるということである。来場者の側も、限られた時間で多くを見て回りたい。

逆に、明らかに対象でない相手との会話を、断りにくくて続けてしまうこともある。丁寧に、しかし短く終える言い回しを、スタッフ全員で共有しておくと、当日の負担が減る。

記録の運用を決めておく

名刺に書き込む方式でも、受付システムを使う方式でもよいが、「誰が」「いつ」記録するかを決めておくことが要る。話した本人が話し終えた直後に書くのが理想だが、混んでいるとできない。

現実的な運用としては、次のどちらかになる。

  • 記録係を置く — 会話を横で聞いて、要点を書く。人手があるならこれがいちばん確実
  • ひと区切りごとに書く時間を取る — 30 分ごとに 2 分、全員で書く。混雑の波を利用する

「あとでまとめて」は必ず失敗する。1 日の終わりには、朝に話した相手の顔はもう思い出せない。

セミナー枠は、ブースにない時間を買っている

多くの展示会には、出展社が講演できる枠が用意されている。この枠の価値は、はっきりしている。ブースでは絶対に確保できない、20〜40 分という時間を、座って聞いてくれる相手から得られることである。

ブースの会話は、長くて数分である。その 10 倍の時間があれば、伝えられることの質はまるで変わる。しかも聴講者は、自分の意思で席に着いた人たちである。

話す内容の選び方

ここでも、自社の宣伝を並べると席が空く。効くのは「持ち帰れるもの」がある話である。

  • 来場者が明日から使える判断の基準(選び方、見分け方、失敗の避け方)
  • 自社が実際に経験した失敗と、その対処
  • 数字で語れる話(前提を明示したうえで)

そして最後に「詳しくはブースで」という導線を必ず置く。セミナーで興味を持った人が、その足でブースに来る。この流れができると、ブース側の会話の質が一段上がる。すでに話を聞いている相手だからである。

枠が取れなかった場合

出展社セミナーの枠は限られており、取れないこともある。その場合は、ブースの中で小さな実演の時間を決めてしまうという手がある。「毎時 30 分から 10 分間」と掲示しておけば、通りがかりの人が時間を合わせて戻ってくる。

この「時間を決める」という工夫は、それ自体が人を止める力を持つ。次に何かが始まると分かっている場所には、人が滞留する。そして滞留した人がいる小間は、外から見て入りやすい。混雑が混雑を呼ぶ、という展示会の性質を利用できる。

話す人を絞らない

セミナーというと役職者が話すものと考えがちだが、必ずしもそうではない。現場で実際に手を動かしている人の話は、具体的で強い。「こういう入稿が来たときに、こう直している」という話は、発注側にとってそのまま役に立つ。

話し慣れていないことは問題にならない。むしろ、流暢な営業トークより、実物を見せながら詰まりつつ話す人のほうが信頼されることがある。準備すべきは話術ではなく、見せる現物と、伝える順番である。

録っておく

セミナーの内容は、その場限りにしないほうがよい。資料と話した内容を、後から記事や小冊子に作り直せる。1 回のために作った内容を、何度も使う。準備の負担が大きいセミナー枠を、割に合うものにするコツである。

会期後 90 日の設計がないなら、出展しない方がよい

ここが、この記事でいちばん伝えたい部分である。展示会の成果は、会期中ではなく会期後に作られる。

会期最終日から90日までの時間軸と、各時点でやるべきことを示した図
図3: 記憶は会期直後から薄れる。順番を決めておかないと、全員に同じ礼状を送って終わる。

当日 — 記憶があるうちに書く

名刺に、話した内容と次の action を書く。これはその日のうちにしかできない。翌週になると、どの名刺が誰だったか思い出せなくなる。1 日 50 人と話せば、なおさらである。

書く内容は多くなくてよい。「小ロット・パッケージ・現在は他社・見積り希望」程度で十分である。重要なのは、後で仕分けられる状態にしておくこと。

3 日以内 — 個別に連絡する

ここで一斉送信の礼状だけを送ると、相手にとっては「その他大勢」になる。話した内容に触れた連絡を、個別に送る。1 通あたり 3 分でも、50 通で 2 時間半である。会期の準備に何十時間もかけているのだから、この 2 時間半を惜しむ理由はない。

2 週間 — 会いに行く

案件の気配があった相手から順に、会いに行く。訪問の口実は、会場で作っておく。「サンプルをお持ちします」「その件、社内で確認してご連絡します」と会場で言っておけば、それがそのまま訪問の理由になる。

90 日 — 棚卸しする

会期から 3 か月が経ったところで、結果を数える。名刺の枚数ではなく、次の約束が何件生まれ、そのうち何件が案件になり、いくら受注したかを数える。

ここまでやって初めて、翌年の出展を判断する材料が揃う。「今年は手応えがあった」で判断すると、毎年同じことを繰り返す。

仕分けの基準を決める

名刺を全部同じように扱うと、フォローの時間が足りなくなる。会期直後に、次の 3 つに分ける。

区分状態やること
A具体的な案件がある、または近い将来にある3 日以内に個別連絡し、2 週間以内に会う
B関心はあるが、いま案件はない個別に連絡し、以後は定期的な情報提供の対象にする
C接触しただけ、または対象外礼状のみ。無理に追わない

ここでC を正直に C と判定できるかどうかが、実は効いてくる。全員を追おうとすると、A に割く時間がなくなる。名刺の枚数を成果として報告する文化があると、この判定が甘くなる。

B をどう扱うか

難しいのは B である。いま案件はないが、いつか出るかもしれない相手。ここを放置すると、翌年また同じ会場で名刺を交換することになる。

現実的なのは、「思い出してもらう回路」を作っておくことである。定期的に届く情報、季節の案内、新しい設備や事例の連絡。頻度は高くなくてよい。相手に案件が発生したときに、自社の名前が思い浮かべばそれでよい。

この観点でも、印刷会社には有利な点がある。紙で送れるからである。メールは埋もれるが、机の上に置かれた印刷物は目に入る。自社の技術を見せる媒体としても機能する。

翌年の判断に使う 3 つの数字

  • 次の約束の数(会期後 2 週間時点)
  • 案件になった数と金額(会期後 90 日時点)
  • 総費用 ÷ 次の約束の数(1 件あたりの獲得費用)

この 3 つを毎年記録していくと、展示会ごとの相性が見えてくる。同じ費用でも、自社に合う展示会とそうでない展示会がある。数年ぶんのデータがあれば、出展先の取捨選択が感覚ではなく数字でできるようになる。

大きく出るより、小さく続けるほうが効く場合がある

ここまで読んで、「うちの規模では無理だ」と感じた方もいるかもしれない。展示会の費用は小さくないし、会期中に人を割けば工場も営業も止まる。

だが、出展の形は 1 つではない。規模を落として回数と継続性を取るという選択がある。

1 小間で戦う

基礎小間 1 つでも、設計次第で成果は出る。むしろ、小さい小間のほうが有利な点さえある。

  • 捨てるものが決まる — 面積が限られるので、何を見せないかを必ず決めることになる。結果として焦点が絞れる
  • 入りやすい — 大きく立派なブースは、かえって「冷やかしで入りにくい」と感じられることがある
  • 人手が要らない — 2 人で回せる。小規模な会社でも継続できる
  • 費用対効果を測りやすい — 総額が小さいぶん、1 件あたりの計算が現実的な数字に収まる

大きな造作を毎年作り直すより、使い回せる什器を一度用意して、掲出物だけを毎年更新するほうが、長い目では安く、しかも準備が楽になる。掲出物は自社で刷れるのだから、ここは強みそのものである。

相乗りという選択

単独での出展が難しければ、次のような形もある。

  • 団体・組合のブースに参加する — 費用を分担でき、来場者にとっては「まとめて見られる」利点がある
  • 取引先と共同で出る — 発注側と組めば、実際の事例をその場で見せられる
  • まず来場者として行く — 出展を決める前に、その展示会の来場者の顔ぶれを自分の目で確かめる

3 つめは当たり前に見えて、実行されていないことが多い。出展料を払う前に、1 日かけて会場を歩く。どんな業種の人が、どんな顔で歩いているか。どの小間に人が溜まっているか。それを見てから決めれば、外す確率はかなり下がる。

継続が効く理由

そして、続けることには固有の価値がある。展示会は同じ人が翌年も来る場である。去年名刺を交換した相手が、今年また通りかかる。「去年もいらっしゃいましたね」から始まる会話は、初対面とはまったく違う。

1 回の出展で判断せず、3 年続けたうえで数字を見るという構えのほうが、実態に合っている。1 年目は認知、2 年目は再会、3 年目に案件、という進み方は珍しくない。

費用を何で割るか

最後に、費用の考え方を整理しておく。展示会の費用は、出展料だけではない。

費目見落とされやすい点
出展料(小間料)いちばん見えているが、総額に占める割合はそれほど大きくないことが多い
装飾・什器造作を毎年作り直していないか。使い回せる構成にできないか
展示物・配布物自社で刷れるものは原価で計上する
人件費最大の費目になることが多い。準備・会期・撤去・フォローの全時間
交通・宿泊遠方開催では大きい
輸送・保管什器の往復と、次回までの保管場所

仮に、総額が 200 万円かかり、次の約束が 20 件生まれたとする。1 件あたり 10 万円である。この数字が高いか安いかは、自社が通常の営業活動で 1 件のアポイントを取るのにいくらかけているかと比べれば判断できる。訪問営業で新規のアポイントを 1 件取る手間を金額に換算してみると、意外に近い水準になることがある。

ここで使った数字はもちろん仮のものである。要点は、「出展料が高い / 安い」ではなく「1 件あたりいくらか」で比べることである。そしてこの計算は、会期後 90 日の棚卸しをしていなければできない。

人件費を必ず入れる

実務でいちばん抜けやすいのが人件費である。会期の 3 日間だけを数えても足りない。実際には次の時間がかかっている。

  • 企画と社内調整(数週間にわたる断続的な時間)
  • 掲出物・配布物の制作
  • 什器の準備、荷造り、搬入
  • 会期中の常駐(人数 × 日数)
  • 撤去、荷解き、片付け
  • 会期後のフォロー(これが最も長い)

合計すると、会期そのものより、前後の時間のほうが長いことが多い。これを金額に換算しないまま「出展料は安かった」と評価すると、実態を見誤る。

逆に言えば、人件費が最大の費目だからこそ、準備を効率化する余地が大きい。什器を使い回す、掲出物のテンプレートを持つ、記録の方式を毎年同じにする。2 回目以降の負担は、設計次第で大きく下げられる。

費用を「投資」と呼ぶ前に

展示会の費用を「投資だから」と説明する場面はよくある。ただし投資と呼ぶなら、回収の道筋と、回収できたかどうかの判定が必要になる。そこがないまま投資と呼ぶのは、単に検証しないと宣言しているのに近い。

3 年続けると決めるのは構わない。その場合も、「3 年後に何がどうなっていたら続けるのか」を最初に書いておく。そこまでやって、初めて投資という言葉が使える。

まとめ — 次の出展までにやること 5 つ

展示会は、通行量と秒数でできた物理的な場である。その前提から逆算すれば、やるべきことはかなり具体的になる。

  • 上部の掲出を、社名から「何ができるか」に書き換える。3 秒の判定を通過しなければ、中身は見られない
  • 通路側 1m を空け、スタッフは正面に立たない。入れば話しかけられる場所に、人は入らない
  • 触れるもの・比べられるもの・動くものを手前に置く。画面で読めることに面積を使わない
  • 会場で聞くのは要望ではなく、いま困っていること。そして、その場で名刺に書く
  • 会期後 90 日の予定を、出展を決めた時点で確保しておく。フォローの時間がないなら、出展の規模を下げる

最後の 1 つがいちばん効く。ブースにかける費用を 2 割落として、その分をフォローの時間に回したほうが、成果は上がることが多い。展示会の成果は会場で作られるのではなく、会場で作った材料を、その後にどう使うかで決まる。

展示会・セミナーの開催情報は 展示会・セミナー のカテゴリと 展示会情報 にまとめている。会場で配る印刷物のデータについては 入稿データの基本 も参照してほしい。