「印刷業界は縮んでいる」という言い方を、この業界にいれば何度も聞く。紙の需要は減り、部数は減り、単価は下がる。数字を確かめるまでもない共通認識として扱われている。

ところが、上場している印刷・紙・機材の会社が国に提出した書類を並べて足し合わせると、別の絵が出てくる。3 月期決算の 39 社を合計した売上高は、2022 年 3 月期の 9 兆 9,676 億円から 2026 年 3 月期の 11 兆 9,607 億円へ、5 年で 2 割増えている。減っていない。それどころか、これほど増えている業界も珍しい。

それなのに、経常利益率は 6.1% から 5.4% へ下がっている。売上が 2 割増えて、利益率は戻らない。この記事では、なぜそうなっているのかを、有価証券報告書の数字だけを使って層に分けて確かめる。結論を先に言えば、利益率を落としているのは印刷会社ではない。これは今回から始めるシリーズの 1 回目で、次回以降も同じ 39 社・同じ指標で追いかける。

この記事が見ている数字

使うのは、各社が金融庁の EDINET に提出した有価証券報告書(2026 年 6 月提出分)である。決算短信でも会社発表の資料でもない。有価証券報告書には「主要な経営指標等」という表が冒頭にあり、そこに直近 5 期の売上高・経常利益・親会社株主に帰属する当期純利益・純資産・総資産・従業員数が並んでいる。1 通で 5 年ぶんの推移が手に入るのはこの表のおかげである。

対象は、印刷業界に関係する上場企業のうち決算期が 3 月で、5 期ぶんの数字がそろっている 39 社とした。会社ごとの数字は各社の提出書類そのものだが、合計・中央値はすべて編集部が集計したもので、どこかが発表している統計ではない。数え方を先に書いておく。

  • 連結が正。 子会社を持たず単体しか作らない会社が 1 社(大村紙業)含まれる。単体の数字を連結と同じ表に載せているが、比べるときは注意が要る
  • 通期だけを使う。 半期報告書の数字(中間期)は混ぜていない。半年ぶんの売上を通期として並べると、それだけで増収に見えてしまう
  • 純利益では見ない。 純利益は資産の売却益や減損といった特別損益で大きく振れる。業界の姿を見るなら、本業の儲けを表す営業利益と経常利益の方が向いている
  • 12 月期決算の会社は今回入れていない。 DIC やサカタインクスのように 12 月が期末の会社は、同じ「2026 年」でも対象期間が 3 か月ずれる

決算短信ではなく有価証券報告書を使う理由

決算の数字を早く知りたいだけなら、決算短信の方が 2〜3 か月早い。それでも本稿が有価証券報告書を使うのは、比べることが目的だからである。有価証券報告書は監査を受けた後の確定値であり、様式が法令で決まっているため、会社をまたいでも同じ項目が同じ定義で並ぶ。決算短信は速報で、記載の粒度も会社ごとに幅がある。

加えて、有価証券報告書には従業員数・設備の状況・事業等のリスク・経営者による分析といった、短信には無い記述が含まれる。数字が動いた理由を会社自身の言葉で確かめられるのは、この書類だけである。本稿でも、増収の中身を確かめるためにこの記述を参照している。

39 社の内訳は次のとおりである。層の分け方も編集部によるもので、公式の分類ではない。

社数2026 年 3 月期の売上合計主な会社
印刷会社12 社3 兆 8,606 億円TOPPANホールディングス、大日本印刷、共同印刷、フジシールインターナショナル ほか
紙・材料18 社6 兆 4,806 億円王子ホールディングス、日本製紙、レンゴー、リンテック ほか
機材5 社1 兆 5,408 億円SCREENホールディングス、小森コーポレーション、ミマキエンジニアリング ほか
流通・サービス4 社788 億円日本紙パルプ商事を除く紙商社・関連サービス

売上は 5 年で 2 割増えている

まず全体の推移を見る。39 社を合計した売上高と、合計値から算出した経常利益率である。

上場39社の売上指数と経常利益率の5期推移。売上指数は100から120.0へ上昇し、経常利益率は6.1%から5.4%へ低下している
図1: 3 月期決算 39 社の合計。売上は 2022 年 3 月期を 100 とした指数。有価証券報告書(2026 年 6 月提出分)より編集部が集計。

売上の指数は 100.0 → 109.3 → 112.0 → 118.3 → 120.0 と、5 期のあいだ一度も前期を下回っていない。金額では 2 兆円近い増加である。

この増加の中身が、日本の紙の消費量が増えたことを意味しないのは、業界にいる人ほど分かるはずである。国内の印刷需要が 2 割増えたという話は聞かない。では何が増えたのか。有価証券報告書の本文を読むと、各社が繰り返し書いているのは製品価格の改定である。たとえばレンゴーは、板紙・段ボール・紙器製品の価格改定に取り組んだと記し、売上が増えた理由として製品価格改定を挙げている。王子ホールディングスも、コスト高の価格転嫁を事業戦略の柱として明記している。

つまりこの 5 年の増収は、売った量が増えたのではなく、売った値段が上がったことによる部分が大きいと読むのが自然である。ただし、各社の書類は数量と単価を分けて開示していないため、「価格改定が増収の何割を占めるか」までは、この数字からは言えない。

それでも、全体の利益率は 5 年前に戻っていない

同じ図の上段が経常利益率である。6.1% から 4.3% に落ち、5.3%、5.7% と戻しかけて、直近は 5.4%。5 年前の水準には届いていない。

底になった 2023 年 3 月期は、原燃料とエネルギーの価格が上がった時期に重なる。値上げの効果が出るまでには時間がかかる。仕入れの値上がりは契約更新や市況とともにすぐ効くのに対し、自社の価格改定は交渉から実施まで数か月から 1 年を要するのが普通だからである。コストが先に上がり、価格が後から追いかける形になれば、その差の期間だけ利益率は落ちる。

営業利益で見ても方向は同じで、39 社合計の営業利益率は 2025 年 3 月期の 5.5% から 2026 年 3 月期は 5.1% へ下がっている。増収と減益が同時に起きている。

落ちたのは印刷会社ではない

ここからが本題である。39 社をひとまとめにすると「増収なのに利益率が戻らない業界」に見えるが、層に分けると、まったく違う顔が出てくる。

印刷会社・紙材料・機材・流通サービスの4層に分けた経常利益率の5期推移。紙・材料だけが6.3%から3.8%へ大きく低下している
図2: 層ごとに経常利益の合計 ÷ 売上の合計を出したもの。層の分け方は編集部による。

印刷会社 12 社の経常利益率は、5.3% → 5.2% → 5.8% → 6.5% → 6.1% と、5 年前より上がっている。機材 5 社はさらに大きく、7.2% から 10.7% へ改善した(売上指数は 136.5 と、4 つの層でいちばん伸びている)。

下がっているのは紙・材料の 18 社だけである。6.3% → 2.8% → 4.2% → 3.8% → 3.8%。2023 年 3 月期に半分以下へ落ち、そこから戻り切っていない。この層は 39 社の売上の 54% を占めるため、全体の平均はこの層に引っ張られる。冒頭の「増収なのに利益率が戻らない」という全体像は、実のところ紙・材料の層の姿だったことになる。

なぜこの層だけが戻らないのか。製紙は装置産業で、パルプ・古紙・重油・電力といった国際市況で決まる原料を大量に使う。王子ホールディングスは、チップや重油の調達価格が需要動向や各国の貿易政策、戦争等の影響で変動すると書いている。買う値段を自分で決められない一方、売る値段は交渉で決まる。この非対称が、コストが上がる局面では利益率の低下として現れる。

印刷会社の側から見れば、これは他人事ではない。自社が仕入れる紙の値段は、この層の採算の上に載っている。 紙・材料の利益率が 5 年前より 2.5 ポイント低いということは、値上げがまだ十分に通り切っていないと各社が判断していれば、次の改定要請が来る余地が残っているという意味でもある。

人は増えていない。増えたのは 1 人当たりの売上である

もう 1 つ、5 年の推移から分かることがある。従業員数がほとんど動いていない。

1人当たり売上高の5期推移。3,843万円から4,555万円へ増加し、従業員合計は約26万人でほぼ横ばい
図3: 売上合計 ÷ 従業員合計。従業員数は有価証券報告書の就業人員。編集部が集計。

39 社の従業員合計は 259,400 人から 262,559 人へ、5 年で 1.2% しか増えていない。その一方で 1 人当たり売上高は 3,843 万円から 4,555 万円へ、18.5% 増えている

1 人当たり売上が増えたと聞くと生産性が上がったように聞こえるが、増収の中身が価格改定であるなら、それは同じ仕事を高く売れるようになったということであって、1 人が処理する仕事量が増えたとは限らない。実際、利益率は改善していない。売上が増えた分は、上がった仕入れ値と人件費に消えていったと読む方が数字とは整合する。

この指標は自社でも簡単に計算できる。売上高を従業員数で割るだけである。39 社の平均は 4,555 万円だが、これは大手製紙・大手印刷を含む数字なので、規模の近い会社どうしで比べる方が意味がある。

同じ「印刷」でも営業利益率は 20 ポイント開く

ここまでは合計の話だった。個社に下りると、平均という言葉が実態をどれだけ隠しているかが見えてくる。

2026年3月期の営業利益率を39社ぶん層別に並べた分布。中央値3.8%に対し、上位は20%を超え、下位はマイナスになっている
図4: 2026 年 3 月期の営業利益率(営業利益 ÷ 売上高)。点 1 つが 1 社。編集部が算出。

39 社の営業利益率の中央値は 3.8%。5% に届かない会社が 23 社ある一方、10% を超える会社も 6 社ある。最も高い太陽ホールディングスの 23.6% と、最も低い光村印刷の -0.5% では、24 ポイントの開きがある。

層別の中央値は、印刷会社 3.7%、紙・材料 4.1%、機材 7.9%、流通・サービス 3.3%。印刷会社の中だけを見ても、広済堂ホールディングスの 18.6%、フジシールインターナショナルの 9.4%、大日本印刷の 6.7% から、2% 前後の会社まで並ぶ。

会社2026 年 3 月期 売上高営業利益率
TOPPANホールディングス1 兆 8,050 億円3.7%
大日本印刷1 兆 5,126 億円6.7%
レンゴー1 兆 83 億円3.7%
王子ホールディングス1 兆 8,617 億円1.9%
SCREENホールディングス6,057 億円20.2%
共同印刷982 億円2.2%

この分布から言えるのは、「印刷業界の利益率」という単一の数字は存在しないということである。同じ期の、同じ業界の、同じように上場している会社で 24 ポイント開くのだから、自社の利益率が業界平均より低いか高いかを気にすることには、あまり意味がない。比べるべきは、自社と近い製品構成・近い規模の会社である。

なお、利益率の高い会社にはある共通点が見える。太陽ホールディングス(電子部品向けのインキ)、SCREENホールディングス(半導体製造装置)、ニッポン高度紙工業(電池用のセパレータ紙)は、いずれも印刷や紙の技術を、印刷以外の市場へ持ち出している会社である。ただし、これは 1 期の数字から見えた傾向にすぎず、因果として示せるものではない。

利益率と一緒に見ておきたい自己資本比率

利益率は 1 期の結果でしかない。悪い期を何期か耐えられるかどうかは、財務の厚みで決まる。有価証券報告書の主要な経営指標等には自己資本比率も並んでおり、39 社の中央値は 57% だった。層別の中央値は印刷会社 58%、紙・材料 52%、機材 59% で、大きな差はない。

差が出るのは個社である。高い方はリンテックの 75%、ニッポン高度紙工業の 74%、フジシールインターナショナルの 71% と続き、低い方は 20〜30% 台に製紙が並ぶ(日本製紙 29%、大王製紙 27%)。これは経営の良し悪しではなく、産業の形の違いである。 抄紙機 1 台の投資額は印刷機とは桁が違い、回収にも長い年数がかかる。借入で設備を持ち、長期にわたって回収する構造の産業は、自己資本比率が低く出る。

印刷会社が自社の数字を当てはめるときも同じで、装置を多く抱えるか、外注を主に使うかで適正な水準は変わる。比率そのものより、5 期の推移が上向きか下向きかを見る方が実務的である。

この数字で分からないこと

定点観測を続けるうえで、材料の限界を毎回書いておく。

  • 39 社は業界の一部でしかない。 印刷会社の大半は非上場で、有価証券報告書を出していない。ここにある数字は、上場を維持できる規模の会社の姿であって、業界全体の平均ではない
  • 全社の数字はセグメントを隠す。 とくに大手は事業が広く、たとえば TOPPAN や大日本印刷にはエレクトロニクス関連の事業が含まれる。全社の利益率をもって「印刷の利益率」とは言えない
  • 層の分け方は編集部の判断である。 フジシールインターナショナルをラベル印刷とみて印刷会社に入れたが、包装材料と見る分け方もありうる。分け方を変えれば数字も動く
  • 決算期の違いを吸収できていない。 12 月期の会社を外したことで、インキ大手の一部が今回の集計から抜けている
  • 価格改定が増収の何割かは分からない。 数量と単価を分けた開示がないため、本稿の「値段が上がった」という読みは、各社の記述からの推定であって、数字で検証したものではない

統計そのものが調査ごとに食い違う理由については、印刷業界の市場規模はなぜ調査ごとに違うのかで扱っている。

まとめ — 次回に持ち越す問いと、自社の数字の当て方

2026 年 3 月期の 39 社から読み取れたことは 4 つである。

  1. 売上は 5 年で 2 割増えた。ただし増えたのは、量ではなく値段である可能性が高い
  2. 全体の利益率は 5 年前に戻っていない。落としているのは紙・材料の層で、印刷会社と機材はむしろ改善している
  3. 従業員数はほぼ横ばいで、1 人当たり売上は 18.5% 増えた
  4. 営業利益率は 24 ポイント開いている。「業界平均」は存在しない

次回(2027 年 3 月期)に同じ 39 社で確かめたい問いは 3 つある。紙・材料の利益率は 5 年前の水準へ戻るのか。印刷会社の利益率の改善は続くのか。1 人当たり売上は伸び続けるのか。 同じ指標で追い続けることで初めて、単年の上下と流れの変化が区別できるようになる。

読者が自社で明日できることは、次の 4 つに絞られる。

  • 売上高 ÷ 従業員数を 5 期ぶん並べる。 増えていれば単価か構成が動いている。動いていなければ、値上げが通っていない可能性を疑う
  • 営業利益率を 5 期ぶん並べる。 純利益ではなく営業利益で見る。特別損益に紛れて本業の変化を見落とさないため
  • 比較先を「業界平均」から「近い会社」へ変える。 製品構成と規模が近い上場企業を 2〜3 社選び、有価証券報告書の主要な経営指標等を並べる。EDINET で誰でも無料で読める
  • 仕入れ値の交渉時期を、材料メーカーの決算期に合わせて予測する。 紙・材料の層の利益率がまだ戻っていないことは、次の価格改定の要請が来る余地が残っていることを意味する

取引先の構成そのものをどう設計するかは、印刷会社の売上はどこから来ているかで扱った。経営に関する記事は経営・業界動向にまとめている。

本記事は公開情報(EDINET に提出された有価証券報告書等)の整理・解説であり、投資判断を目的としたものではない。数値は各社の提出書類に基づくが、集計と分類は編集部によるものであり、最終的な確認は原本に当たられたい。