取引先から届いた 1 通のメールに、表計算のファイルが添付されている。開くと、年度ごとの電力使用量と、燃料の使用量と、CO2 排出量を書き込む欄が並んでいる。提出期限は 2 週間後。担当者に聞いても、誰も書き方を知らない。

この場面は、数年前まで大手の印刷会社にしか訪れなかった。いまは中小の会社にも順番に降りてきている。そして厄介なことに、この依頼に答えられないことが、価格や品質とは別のところで取引の可否に効き始めている。

この記事では、まず「CO2 排出量とは何を数えている数字なのか」という原理から始める。測っているのではなく計算しているという事実を押さえると、なぜ範囲や係数の話がついて回るのかが分かる。そのうえで、なぜ企業が開示するようになったのかという経緯、算定の実務、原価にも効く削減、資材と設計の選択肢、認証と表示、そして算定では分からないことまでを扱う。順番は「測る → 原価にも効く部分から減らす → 選択肢を説明できるようにする → 必要になったら認証を取る」である。逆から入ると費用ばかりかかって続かない。

排出量は、測っているのではなく計算している

最初に、いちばん誤解されている点を押さえたい。CO2 排出量は、煙突に測定器を付けて測っているわけではない。ほとんどの場合、次の式で計算されている。

排出量 = 活動量 × 排出係数

活動量とは、電気を何 kWh 使ったか、灯油を何リットル燃やしたか、といった実績である。排出係数とは、その 1 単位あたりに何 kg の CO2 が出るとみなすか、という換算値である。掛け算するだけなので、電卓でも出せる。

活動量に排出係数を掛けて排出量を計算する仕組みと、それぞれの出どころを示した図
図1: 排出量は測定ではなく計算である。材料はすでに社内にあり、足りないのは 1 枚の表だけである。

だから、範囲と係数で値が変わる

この構造から、重要な帰結が出てくる。

  • どこまでを自社の活動と数えるかで値が変わる — 社用車は含むのか。外注先の工場は含むのか
  • どの係数を使うかで値が変わる — 電力の係数は電力会社ごと、年度ごとに違う
  • したがって、数字だけを比べても意味がない — 前提が違えば、比較は成立しない

ここは、業界の統計値が資料ごとに食い違うのと同じ構造である。数字そのものより、範囲と根拠のほうが情報量が多い。この点を理解していると、依頼に答えるときの書き方が変わる。

だから、今日から算定できる

もう 1 つ、この構造から出てくる結論がある。特別な設備も、認証も、コンサルタントも要らない。電力会社の請求書と、燃料の購入伝票があれば、今日から計算できる。

「まだ準備ができていない」と感じている会社の多くは、実は必要な材料をすでに持っている。足りないのは、それを 1 枚の表にまとめるという作業だけである。

なぜ取引先から聞かれるようになったのか

次に、この依頼がどこから来ているのかを見ておきたい。相手の事情が分かると、何を求められているのかが正確につかめる。

開示の要請が、上から降りてくる

大企業は、自社が直接出している排出量だけでなく、調達先や取引先を含めた全体の排出量を把握し、開示するよう求められるようになった。この「自社の外で出ている排出量」の区分を、一般に Scope 3 と呼ぶ。

印刷物を発注する側から見ると、印刷会社の排出量は自社の Scope 3 の一部である。だから「あなたの会社の数字を教えてほしい」という依頼が発生する。相手が環境活動に熱心だから聞いてくるのではなく、自分が報告する義務を負っているから聞いてくる。

連鎖して降りてくる

この構造は連鎖する。大企業が一次の取引先に聞き、一次の取引先が二次の取引先に聞く。印刷会社の場合、発注側から聞かれるだけでなく、自社の外注先に同じことを聞く立場にもなる。

つまり、この依頼は一時的な流行ではなく、取引の手続きとして定着していく性質のものである。今回だけ何とかやり過ごす、という対処が向かない理由がここにある。

聞かれているのは、まず数字である

ここで重要なのは、聞かれているのは削減の実績ではなく、まず数字だということである。立派な取り組みより先に、答えられる状態にしておくことが取引の条件になりつつある。

逆に言えば、ハードルは思われているより低い。削減目標を掲げる必要も、認証を取る必要も、いますぐにはない。数字を出せるかどうかである。

答えられないと何が起きるか

すぐに取引がなくなるわけではない。ただし次のような形で、じわじわと不利になる。

  • 相見積もりの比較項目に「環境データの提出可否」が入り、提出できる会社が選ばれる
  • 発注側の担当者が、報告のたびに自社で推計する手間を負う。手間の少ない取引先へ寄っていく
  • 入札や取引先審査の要件に、後から追加される

いずれも 「印刷の品質と価格では負けていないのに外れる」 という形で表れるため、原因が見えにくいのが厄介である。

まず測る — 3 つの区分を切り分ける

排出量は次の 3 つに分けて考える。中小規模であれば、最初の 2 つは既存の請求書から出せる。

Scope 1・2・3 の区分と、それぞれの元になる資料を示した図
図2: Scope 1・2 は既存の請求書から算定できる。まずここまでを年度単位で出しておく。
区分中身元になる資料
Scope 1自社での燃料の燃焼(ボイラー、社用車のガソリンなど)燃料・ガソリンの購入伝票
Scope 2購入した電気・熱の使用電力会社の請求書
Scope 3調達した紙・インキ、外注、輸送、廃棄など仕入・外注・運送の実績

Scope 1 と 2 は、使用量に排出係数を掛けるだけで算定できる。まずはここまでを年度単位で出しておけば、多くの問い合わせには答えられる。Scope 3 は範囲が広いので、紙とインキの調達量から着手するのが現実的である。

算定の実務は表計算 1 枚から始められる

専用のツールを買う前に、次の形の表を 1 枚作れば足りる。

入れるもの
年度・月請求書の対象期間
種別電力/都市ガス/灯油/ガソリン/軽油 など
使用量と単位kWh、m³、L など。請求書に書かれている数字をそのまま
排出係数電力は契約している小売電気事業者の公表値、燃料は国が公表している係数
排出量使用量 × 排出係数

重要なのは、使った係数の出どころと版(年度)を必ず併記しておくことである。係数は毎年更新されるため、後から数字の根拠を聞かれたときに答えられなくなる。列を 1 つ足すだけの話である。

そして、去年の数字を作り直せる状態にしておく。係数が更新されると、過去の年度を新しい係数で計算し直すよう求められることがある。元の使用量が残っていれば、掛け算をやり直すだけで済む。

拠点が複数あるとき、外注が多いとき

複数の工場・営業所がある場合は、拠点ごとに集計してから合算する。手間は増えるが、どの拠点で電力を使っているかが分かるので、削減の検討にそのまま使える。

外注比率の高い会社では、Scope 1・2 が小さく出る。自社で刷っていないのだから当然だが、発注側から見た実態は Scope 3 に移っているだけである。この場合は、主要な外注先に同じ数字を持っているか確認しておくと、聞かれたときに説明できる。

最初の 1 回に、いちばん時間がかかる

実務としての注意を 1 つ。最初の算定にはそれなりに時間がかかる。請求書を探し、契約している電力会社の係数を調べ、拠点ごとに分ける。ここで数日かかることは珍しくない。

しかし、2 回目からは請求書の数字を入れるだけになる。表の形が決まっていれば、年 1 回、半日で済む作業になる。最初の負担で判断せず、2 年目以降の姿で考えたい。

現場でできること — 投資の要らない順に

削減は、設備を入れ替える前にやることが残っている。

投資額と効果でみた環境対応の着手順マトリクス図
図3: 投資が要らず効果も大きい左上から着手する。ヤレ紙と待機電力は、そのまま原価の削減になる。
  • ヤレ紙を減らす — 色合わせの損紙、刷り直し、断裁ミス。環境対応であると同時に、そのまま原価の削減になる
  • 待機電力と空調 — 稼働していない時間帯のコンプレッサー、乾燥機、照明。稼働記録と電力使用の時間帯を突き合わせると、無駄が見える
  • まとめ刷りと面付けの見直し — 用紙の取り都合を上げれば、紙の使用量そのものが減る
  • 廃液・廃棄物の分別と記録 — 適正処理は法令上の義務であり、量の記録は Scope 3 の材料にもなる

ヤレ紙は「量」ではなく「原因」で記録する

損紙の総量だけを記録しても、対策にならない。次の区分で分けて数えると、手を打つ場所が決まる。

原因打てる手
色合わせ(立ち上げ時)数値管理の活用、定番仕事の設定値を残す
刷り直し(データ不備)入稿検査を自動化し、入口で弾く
刷り直し(校正の見落とし)データ検版で修正前後を機械比較する
断裁・後加工のミス指示書の様式を統一し、口頭指示をなくす
予備の刷りすぎ実績から予備率を見直す

この分類は、環境の担当ではなく製造の担当が主体になれるのが利点である。原価が下がるので、社内で取り組む動機がはっきりする。入稿検査の自動化については 印刷会社の DX はどこから始めるか も参照してほしい。

電力は「時間帯」で見る

月ごとの請求書だけでは、どこで使っているか分からない。30 分ごとの使用量が取得できる契約であれば、それと稼働記録を並べるだけで、誰も作業していない時間帯の消費が見える。

典型的に出てくるのは、夜間に落ちていないコンプレッサー、休憩時間も動き続けている乾燥系、事務所の空調と照明である。これらは運用の見直しだけで減らせるため、投資はほぼ発生しない。

設備更新は効果が大きいものの投資も大きいので、上の 4 つで現状を把握してから優先順位を決めるほうが順序として無理がない。省エネ関連の補助制度は毎年度の公募があるため、更新時期が近い設備があるなら早めに情報を集めておきたい。

環境と原価が同じ方向を向く範囲を先に取る

この章の項目に共通する性質を、はっきりさせておきたい。紙を無駄にしない、電気を無駄にしない、刷り直しを減らす。これらはすべて、原価の削減そのものである。

環境対応が社内で敬遠されるのは、「費用がかかるのに売上が増えない」と受け取られるからである。しかし、環境と原価が同じ方向を向いている範囲がかなり広い。その範囲を先に取っておけば、社内の理解も、次の投資の余力も得られる。

逆に、費用だけがかかる部分(認証の取得、設備の更新、単価の高い資材)から入ると、続かない。順番の問題であって、やる価値がないという話ではない。

資材の選択肢を説明できるようにする

提案を求められたときに、選択肢と違いを言えることが実務上いちばん役に立つ。

  • 森林認証紙 — 適切に管理された森林の木材を使った紙。ラベルを印刷物に表示するには、印刷会社側に加工・流通過程の認証が必要。紙を買うだけでは表示できない点に注意
  • 再生紙 — 古紙の配合率で選ぶ。白色度や強度との兼ね合いがあるため、用途と併せて提案する
  • 植物油インキ・ノン VOC インキ — 石油系溶剤の使用を抑えたインキ。乾燥条件が変わることがあるので、現場での確認が要る
  • 水なし印刷 — 湿し水を使わない印刷方式。廃液が出ない一方、専用の版と温度管理が必要になる
  • 紙以外の基材からの置き換え — プラスチック製の POP・サインを紙器や紙製ディスプレイに置き換える提案。印刷会社側の得意分野で提案できる

それぞれにコストと仕上がりの条件が伴う。「環境に良いから」ではなく、どの条件なら成立するかを添えて提案できると、価格の話に流れにくくなる。

提案の型を 1 つ持っておく

環境配慮の提案は、次の 3 点をセットにすると通りやすい。

  • 何が変わるか(用紙を○○に変更する)
  • いくら変わるか(1 件あたりの単価差を金額で)
  • 何が言えるようになるか(印刷物に表示できる内容、報告に使える数字)

3 番目が抜けると、単に高い提案になる。発注側が社内やお客様に説明できる材料まで含めて渡すのが、この提案の価値である。

印刷物の設計そのもので減らす

資材の置き換えより先に効くことがある。印刷物の作り方を変える提案である。これは印刷会社側からしか出せない提案で、単価の話に落ちにくいのが利点である。

  • 判型を用紙寸法に合わせる — 数ミリ変えるだけで取り都合が上がり、紙の使用量が 1 割以上減ることがある。仕上がりの印象はほとんど変わらない
  • ページ数を台に合わせる — 中途半端なページ数は、台の端を捨てることになる。編集の段階で調整できれば無駄が消える
  • 加工を減らす — 表面加工、箔、部分ニス。必要な効果を、より軽い加工で代替できないかを検討する。分別・再資源化の面でも有利になる
  • 刷る量を必要量に近づける — 在庫として持つ量を減らし、必要なときに刷り増す。デジタル印刷との併用が前提になる
  • 刷らない部分を切り出す — 頻繁に変わる情報(価格・日程)だけを別紙や二次元コードに逃がし、本体の改版頻度を下げる

いずれも発注側の費用も同時に下がるため、環境の話としてだけでなく提案として成立する。とくに 1 番目と 2 番目は、企画・編集の段階で相談してもらえるかどうかで決まる。「入稿してから」では手を入れられない。環境対応を入口にして、企画段階から関わる関係を作るという使い方ができる。

刷る量を必要量に近づける話は、方式の選択と直結する。詳しくは オフセット印刷とデジタル印刷の分岐点 で扱っている。

認証と表示 — 使うなら正しく

業界には印刷工場の環境配慮を評価する認定制度があり、取得すれば発注側への説明が容易になる。一方で、認証ラベルの表示にはそれぞれ規定がある。

  • 森林認証のラベルは、加工・流通過程の認証を持つ事業者が、規定に沿った形でのみ表示できる
  • 根拠を示せない「エコ」「環境にやさしい」といった表現は、優良誤認と受け取られるおそれがある
  • 算定した数値を出すときは、対象範囲(どの Scope か、どの期間か)を必ず添える
  • カーボンオフセットを併用する場合は、削減した量と相殺した量を分けて書く

過大な表示は、環境対応そのものより大きな信用の問題になる。持っている認証と算定した範囲だけを、そのまま書くのが安全で、結果的にいちばん強い説明になる。

なお、表示に関する法令上の判断が必要な場面では、必ず専門家や所轄の窓口に確認してほしい。この記事で書けるのは、過大な表示を避けるという原則までである。

認証を取るかどうかの判断

認証や認定には、審査費用と年次の維持費用、そして社内の運用(記録・分別・帳簿)の手間がかかる。取るべきかどうかは、取引先から実際に求められているかで判断したい。

目安は次のとおりである。

  • 認証ラベルを印刷物に表示する案件が現に来ている → 取得を検討する段階
  • 環境データの提出だけを求められている → 算定で足りる。認証は不要
  • まだ何も言われていない → Scope 1・2 の算定と、ヤレ紙・待機電力の削減を先に

算定では分からないこと

ここまで算定の話をしてきたが、限界も押さえておきたい。数字が出せることと、実態を捉えていることは別である。

案件単位の算定は難易度が上がる

「この印刷物 1 件あたりの排出量は」と聞かれることがある。ここから先は、会社全体の算定とは難易度が違う。共通で使っている電力や設備を、案件ごとにどう配分するかという問題が出てくるからである。

配分の方法には複数の考え方があり、どれを選ぶかで結果が変わる。だから、案件単位の数字を出すときは、前提を必ず添える。「用紙の使用量から概算した」「機械の稼働時間で按分した」というだけでも、受け取る側の扱いが変わる。

比較には向かない

算定の値は、同じ会社の年度間の推移を見るには使えるが、他社と比べるには向かない。範囲も係数も配分の方法も違うからである。

これも業界統計と同じ構造である。数字の水準ではなく、方向(増えているか減っているか)を見る。この読み方をしておくと、無意味な比較に振り回されずに済む。

よくある誤解

  • 「認証を取らないと答えられない」 — 算定と認証は別の話である。認証がなくても、電気と燃料の使用量からの算定は今日からできる
  • 「再生紙のほうが必ず環境負荷が低い」 — 古紙の回収・脱墨の工程にもエネルギーがかかる。用途と条件によって評価は変わるため、断定した表現は避けるべきである
  • 「紙は森林破壊につながる」 — 適切に管理された森林からの調達であることを示すのが森林認証の仕組みである。この点は発注側の担当者も誤解していることがあり、説明できると価値になる
  • 「まず設備を新しくしないと始まらない」 — 削減効果の相当量は、運用の見直しで先に取れる

廃棄物と水— 見落とされやすい 2 つ

排出量の話に注目が集まるぶん、印刷業がもともと抱えている環境項目が見落とされることがある。とくに次の 2 つは、法令上の義務とも直結する。

産業廃棄物の管理

印刷の工程からは、損紙、断裁くず、廃インキ、廃溶剤、廃液、使用済みの版、汚れたウエスなど、性質の違う廃棄物が出る。それぞれ処理の区分が違い、委託する場合には契約と管理票の運用が求められる。

ここは環境対応というより、まず法令の遵守の問題である。そして、その記録は同時に Scope 3 の算定材料にもなる。すでにやっている記録を、環境データとしても使える形に整えるだけでよい場合が多い。

具体的な区分や手続きは、扱う品目と自治体によって異なる。判断に迷う場合は、必ず所轄の窓口や委託先に確認してほしい。

水の使用と廃液

湿し水を使う印刷方式では、水と、それに含まれる薬剤の管理が伴う。現像を伴う工程があれば、その廃液も出る。排出量の議論では表に出にくいが、環境項目としては古くから管理されてきた領域である。

水なし印刷や、現像を必要としない版の方式は、この観点からの選択肢になる。ただし、それぞれに設備・運用・費用の条件が付く。「環境に良い」という一言ではなく、条件込みで比較したい。

分別が、再資源化の質を決める

もう 1 点、実務として効くのが分別である。紙は分別の質がそのまま再資源化のしやすさに直結する。粘着物、フィルム、金属、強い着色。これらが混ざるほど、古紙としての価値は下がる。

逆に言えば、きれいに分別された断裁くずは、資源として価値を持つ。処理費用の側でも、売却の側でも効いてくる。現場での分別の徹底は、環境と原価の両方に効く典型例である。

発注側から実際に来る質問と、答え方

依頼の文面は会社によって違うが、聞かれていることは数パターンに収まる。あらかじめ答えを用意しておくと、そのたびに調べ直す必要がなくなる。

聞かれること答え方
御社の CO2 排出量を教えてください年度と対象範囲(Scope 1・2、対象拠点)を明示して数値を出す。Scope 3 まで求められている場合は、算定済みの範囲だけを示し、未算定の部分はそう伝える
この印刷物 1 件あたりの排出量は案件単位の算定は難易度が上がる。用紙の使用量から概算する方法を示し、前提(係数の出どころ、含めた工程)を添える
環境配慮の用紙は使えますか森林認証紙・再生紙の選択肢と、それぞれの単価差・納期・表示できるラベルの有無を並べて出す
認証は持っていますか持っている認証を正確に書く。持っていないものについては「取得していない」と書く。検討中を取得済みのように書かない
削減の目標はありますか設定していれば数値と期限を、していなければ現在の算定状況を伝える。目標が無いこと自体で取引が切れることは、現状では多くない

共通するのは、分からないことを分からないと書いても不利にならないという点である。不正確な数字を出すほうが、後で問題になる。

1 枚の回答シートを作っておく

実務としては、上の 5 項目に自社の答えを書いた 1 枚を用意しておくのが早い。依頼が来るたびに社内を探し回るという事態がなくなる。

そして、この 1 枚は営業がそのまま提案にも使える。聞かれる前に渡せば、それ自体が差別化になる。まだ多くの会社が、聞かれてから慌てている段階だからである。

これから — 求められる範囲は広がる

最後に、この先どうなるかを見ておきたい。断定はできないが、方向としてはいくつか読み取れることがある。

裾野が広がる

いまは大手から一次の取引先へ、そこから二次へ、という順で降りてきている。この連鎖は、止まる理由がない。開示を求められる側が自社の外注に聞くという構造が続くかぎり、いずれ小規模な事業者にも届く。

したがって、「うちにはまだ来ていない」という状態は、準備できる時間が残っているという意味である。来てから慌てるより、来る前に表を 1 枚作っておくほうが圧倒的に楽である。

求められる粒度が細かくなる

もう 1 つの方向が、粒度である。いまは「会社全体の年間の数字」で足りていても、いずれ案件単位や製品単位の数字を求められる場面が出てくる可能性がある。

この段階になると、算定は会計や生産管理の情報と結びつく。案件ごとの用紙の使用量、機械の稼働時間、輸送の距離。これらの情報が案件単位で残っているかどうかが、そのまま対応力になる。

ここで、生産管理の整備と環境対応が同じ方向を向く。情報が 1 か所にまとまっている会社は、環境データの要求にも強い。別々の課題に見えて、必要な下地は同じである。

紙が選ばれる場面も増えている

逆方向の動きにも触れておきたい。プラスチックの使用を減らす流れの中で、紙への置き換えが検討される場面が増えている。包装材、緩衝材、什器、カトラリー類。

これは印刷業にとって、環境対応が守りではなく攻めになる領域である。紙で構造を作る知見は、印刷・紙器の側にある。置き換えの相談を受けられる状態にしておく価値は大きい。パッケージの構造については 段ボールと紙器はなぜ強いのか で扱っている。

ただし、断定した将来予測はしない

制度も、取引慣行も、変わり続けている。ここに書いたのは方向の読みであって、確定した見通しではない。具体的な制度や要求水準は、そのつど最新の情報を確認してほしい。

確かなことは 1 つだけである。算定できる状態にしておくことは、どの方向に転んでも無駄にならない。係数が変わっても、範囲が広がっても、元になる使用量の記録は使い続けられる。

社内の進め方

環境対応は担当を決めないと進まない。ただし専任を置ける規模の会社は限られる。現実的なのは次の形である。

  • 数字の集計は総務・経理 — 請求書を扱っている部署がいちばん近い
  • 削減の実行は製造 — ヤレ紙も待機電力も、現場でしか動かせない
  • 説明と提案は営業 — 取引先から聞かれるのは営業なので、答えられる材料を渡しておく

この 3 者が年に 2 回、同じ表を見る場を作るだけで運用は回る。専任者も専用システムも、最初は必要ない。

「環境の取り組み」として社内に説明しない

最後に、社内での言い方について 1 点だけ。この取り組みを「環境のため」として説明すると、優先順位が下がりやすい。目の前の納期と比べれば、後回しにされるのは当然である。

代わりに、次のように説明したほうが動く。

  • 総務・経理へ — 「取引先からの問い合わせに、毎回調べずに答えられるようにする」
  • 製造へ — 「ヤレ紙と待機電力を減らす。原価がそのまま下がる」
  • 営業へ — 「相見積もりで比較項目に入ったときに落ちないようにする」

どれも事実であり、どれも環境対応そのものである。同じ活動を、それぞれの立場にとっての利益として説明する。これができるかどうかで、続くかどうかが決まる。

まとめ — 費用をかけずに始められる 5 つのこと

排出量は測るものではなく計算するものであり、材料はすでに社内にある。この理解から出発すれば、着手のハードルはかなり下がる。

  • 電気と燃料の請求書から、Scope 1・2 を年度単位で算定する。表計算 1 枚で足りる
  • 使った係数の出どころと年度を必ず併記する。数字より根拠のほうが価値がある
  • ヤレ紙を原因別に数える。環境対応であると同時に、原価の削減そのものである
  • 資材の選択肢を「単価差」と「言えるようになること」で説明できるようにする
  • よく聞かれる 5 問の回答シートを 1 枚作る。聞かれる前に渡せば差別化になる

認証の取得や設備投資から入ると止まる。順番を守れば、費用をかけずに「答えられる会社」になれる。そして、算定した数字は必ず対象範囲とともに記録しておきたい。数字そのものより、根拠を説明できることが取引上の価値になる。

なお、法令上の義務や表示の可否に関わる判断は、必ず専門家や所轄の窓口に確認してほしい。

業界の取り組みは 環境・サステナ で追える。