展示会で見る「新技術」は、たいてい完成したあとの姿である。ブースに並ぶ機械は動いていて、サンプルは刷り上がっていて、価格表もある。だが、その手前の何年かのあいだ、誰がどこで何を試していたのかは、来場者からは見えない。
その手前を見る方法がひとつある。学会誌と論文である。日本印刷学会誌にも、日本画像学会誌にも、色材協会誌にも、企業の技術者と大学の研究者が書いた報告が毎号載っている。海外の研究であれば、arXiv に査読前の原稿が投稿された時点で誰でも読める。
この記事では、2026 年 3 月以降に出た文献 136 件を編集部が機械的に集め、そこから見えた「いま研究の重心がどこにあるか」を報告する。今回が 1 回目で、以後も同じ情報源・同じ並べ方で続ける。要旨をそのまま写すことはしない。何を明らかにした研究なのかを現場の言葉に置き換え、原文へのリンクを添える。読む価値があると思ったものは、ぜひ原文に当たってほしい。
この記事が見ている文献
集めているのは 2 つの情報源だけである。どちらも登録も費用も要らず、誰でも同じものを見られる。
- J-STAGE(科学技術振興機構)の論文検索 API。日本印刷学会誌・日本画像学会誌・色材協会誌・日本包装学会誌の新着と、「インクジェット」「印刷」「網点」などの語による横断検索
- arXiv。inkjet printing、printed electronics、roll-to-roll、halftone といった英語のクエリ
2026 年 3 月 1 日以降に公開されたものが 136 件(J-STAGE 105 件、arXiv 31 件)あった。内訳は次のとおりである。
読み方の前提を 3 つ書いておく。毎回同じことを書くが、これを飛ばすと誤読につながる。
- 網羅ではない。 あらかじめ決めた誌とクエリに当たったものだけである。学会の口頭発表、企業の技報、特許はここに出てこない
- arXiv は査読前である。 投稿された時点で公開される仕組みなので、内容が検証済みであることを意味しない。本稿でも「査読前」と明記して扱う
- 1 本の研究は業界の結論ではない。 「〜が示された」と「〜が主流になる」はまったく違う
いちばん多いのは「色を当てる」研究である
件数を数えると、色に関する研究が最も多い。色材協会誌が 30 件で上位に来るのは誌の性格どおりだが、日本印刷学会誌 63 巻 1 号(2026 年 3 月)にも、色を予測する研究が固まって載っている。
ひとつはインキトラッピングと色差の関係を定量化した研究である(Nguyen Thanh Phuong ほか、日本印刷学会誌 63 巻 1 号)。枚葉オフセットの重ね刷りで、先に刷ったインキの上に次のインキがどれだけ乗るか(トラッピング効率)と、仕上がりの色差 ΔE がどう対応するかを調べ、工程を最適化するための予測モデルを立てている。
現場の言葉に直せば、「二色目の乗りが悪いと、どれだけ色がずれるか」を数式で持つ試みである。乗りが悪いことは誰でも知っている。それが ΔE でいくつに相当するのかを持てるなら、刷り出しの判断が個人の目から離れる。
同じ号には拡張色域の比較もある(Dao Thi Thanh Van ほか、63 巻 1 号)。標準の CMYK ではブランド色や鮮やかな色を再現しきれず ΔE が大きくなるという前提から、オレンジ・グリーン・バイオレットを足す CMYK-OGV と、高濃度 CMYK に高度なスクリーニングを組み合わせる XCMYK という 2 つの方式を比較している。インキを増やす方向と、刷り方を変える方向のどちらが有利かという、設備投資に直結する問いである。
3 つ目は機械学習による測色(Nguyen Van Nhat ほか、63 巻 1 号)。分光測色計は正確だが高価で扱いも面倒なので、スマートフォンで撮った色を機械学習(XGBoost・SVR)で補正して測色の代わりにできないか、という研究である。
この 3 本に共通しているのは、色を「合わせる」から「予測する」へ移そうとしていることである。刷ってから測って直すのではなく、刷る前に結果を計算する。校正回数と損紙に直接効く方向であり、この重心はしばらく動かないと思われる。色が合わない原理そのものはオフセット印刷の色はなぜ合わないのかで扱った。
顔料を使わずに色を出す
63 巻 3 号(2026 年 7 月)に載った構造色インクジェットの報告は、色の作り方そのものを変える話である(佐々田美里ほか、日本印刷学会誌 63 巻 3 号)。
要旨によれば、透明なインクで光の波長ほどの厚みの層を積むことで、顔料も染料も使わずに発色させる技術である。反射する波長は、インクをどう置くかをデジタルに制御することで調整でき、可視光の範囲で広い色が出せる。刷った層は透明度が高いため、下地の色によって見え方が変わり、光沢と立体感があり、見る角度で色が変わる。
タマムシの翅やシャボン玉の色と同じ原理を、インクジェットで実装したものと考えればよい。着目すべきは、これが加飾の話であることである。箔押しやホログラムでしか出せなかった角度依存の効果を、版を作らずに、1 枚ごとに違う絵柄で出せる可能性がある。ただし、これは 1 つの報告であり、量産適性や耐久性がどうかは本稿では判断できない。加飾の原理については後加工はなぜ最後に効いてくるのかを併せて読むと位置づけが分かりやすい。
紙の側は「ナノで作り直す」段階にある
同じ 63 巻 3 号には、セルロースナノファイバー(CNF)を中心とした基材設計の解説も載っている(磯貝明、63 巻 3 号)。
要旨で説明されているのは、CNF やセルロースナノクリスタル、ミクロフィブリル化セルロースといった解繊されたセルロース材料(FCM)が、製紙用の漂白クラフトパルプから、化学的・酵素的な前処理を経て、あるいは経ずに、水中での機械的な解繊によって作られるということである。もとをたどれば、木材のセルロース繊維の中にある幅およそ 3nm の結晶性ミクロフィブリルにたどり着く。
紙は繊維をすき合わせたものだが、その繊維をさらにナノの単位までほどいて、素材として組み直そうとしている。印刷の側から見ると重要なのは、これが「紙の代わり」ではなく「基材の設計」の話として書かれている点である。刷る対象が、既製の紙から設計される基材へ移るなら、印刷適性は紙を選ぶ問題ではなく、材料設計と一緒に決める問題になる。用紙そのものの性質は用紙の目と含水率で扱っている。
「人が見て決めていたこと」を機械が数える
今回いちばん件数が多かったのは日本画像学会誌の 35 件である。目次を並べると、ある傾向がはっきり出る。65 巻 3 号は計測インフォマティクスが並び、マルチモーダル AI による繊維強化樹脂の材料設計、GC/MS データ解析への機械学習の活用、分光・回折・電子顕微鏡データの統合、3D プリントのプロセスパラメータ探索といった報告が続く。
この中に、印刷の現場に直接つながる 1 本がある。トナーの外添剤被覆率を画像認識で算出する研究である(堀次優希・西田竜之介、日本画像学会誌 65 巻 3 号)。要旨によれば、トナー粒子の表面に付けた複数種類の外添剤の被覆率を、電子顕微鏡画像へのセマンティックセグメンテーション(深層学習で画素ごとに何が写っているかを分ける手法)で定量化した。従来この評価は主観的な官能判定に頼っており、標準化と再現性の確保が難しかったと明記されている。
これは「AI で何かを自動化した」話ではない。熟練者が顕微鏡写真を見て「だいたいこれくらい付いている」と判断していたものを、数値にしたという話である。印刷の現場にも同じ構図のものが無数にある。ベタの均一さ、網点の形、汚れの程度、フィルムの艶。人が見て決めていて、人によってばらつき、記録が残らない。そこに数値が入ると、工程条件との対応を後から解析できるようになる。
65 巻 4 号は打って変わって造形が並ぶ。万博で使われた 3D プリント外装材の設計と廃材リサイクル、材料押出法での柔軟構造体の設計手法、ボクセル形式のファイル生成、4D 造形の展望。同じ号に「複写機遺産」として往年の複写機を記録する記事が並んでいるのも、この学会誌らしい。画像を出力する技術が、平面から立体へ広がっていることが、目次の並びだけからも読み取れる。
組版に生成 AI を入れられるか
実務に近い検証もある。自治体広報誌の文字組版に生成 AI を導入できるかを調べた報告である(佐々木喜一郎、日本印刷学会誌 63 巻 2 号)。
要旨によれば、Claude シリーズを使った実験でモデルごとの性格の違いが出た。Haiku は安定していて構造の一貫性が高く、Sonnet は長い文章の処理に強みがあった。プロンプトの設計が出力の正確さと再現性に大きく効き、Haiku に明示的なプロンプトを組み合わせた構成が、自治体の要件を満たすうえで最も適していたという。自動レイアウトの実験も行われている。
この研究の価値は、「AI で組版できるか」ではなく、どういう条件なら業務要件を満たせるかを具体的に切り分けたところにある。速いモデルより安定したモデルの方が向く場面がある、という結論は、現場の道具選びの感覚に近い。組版が読みやすさを左右する理由は文字組みはなぜ読みやすさを変えるのかに書いた。
海外のプレプリントが見ている「印刷」
arXiv 側は様子が違う。「印刷」の語で引っかかる研究の多くは、紙に絵を刷る話ではなく、ものを作る手段としての印刷である。以下はいずれも査読前の投稿である。
ロール to ロールの検査を扱ったものが 2 本あった。1 本は、スロットダイ塗工で作る有機薄膜太陽電池の活性層を、走っているウェブの上でハイパースペクトル画像により品質監視する試み(arXiv:2607.24278)。もう 1 本は、薄膜の複数層の厚みと複屈折を、インラインの光学計測で同時に解く装置の報告である(arXiv:2607.26649)。どちらも「止めずに測る」という同じ問題を解こうとしている。連続で流れているものを、抜き取り検査ではなく全長にわたって見る。輪転で刷っている会社にとっては馴染みのある課題である。
液滴そのものの物理を扱う研究も続いている。交流電場の中で粘弾性のある液滴がどう変形するかを、漸近解析と数値計算で調べた報告があり、応用先としてインクジェットが明示されている(arXiv:2608.08699)。インクが糸を引くか、きれいに切れるかは、インクの粘弾性で決まる。ヘッドの設計より前の、液体の性質の理解にまだ研究の余地があるということである。
もうひとつ、コンピュータグラフィックス分野に設計意図をそのまま製造工程へ渡すという考え方の研究が複数ある(arXiv:2607.22741、arXiv:2607.25326)。3D プリントの世界では、設計者の意図がスライサの設定やボクセルのラベルといった装置ごとの表現に押し込められてしまうため、装置が変わると意図が失われる。それを、装置に依存しない形で記述してから機械語に「コンパイル」しようという発想である。
この問題は印刷にもそのままある。入稿データが、装置とワークフローの都合に合わせて作り直されているのは、規模こそ違え同じ構図である(入稿データはなぜ同じ形で壊れるのか)。
この一覧で分からないこと
定点観測として続けるために、材料の限界を毎回書く。
- 網羅ではない。 誌とクエリを先に決めて集めているため、決めた枠の外は見えない。今回でいえば、機械メーカーの技報、学会の口頭発表、特許は含まれない
- 企業の研究は表に出にくい。 実用化が近いものほど論文にならない。学会誌に載る企業の報告は、公表してよいと判断されたものである
- 査読前を含む。 arXiv の 31 件は投稿時点で公開されたもので、後に内容が変わることも、掲載に至らないこともある
- 要旨だけで判断している論文がある。 本稿は要旨と書誌情報の範囲で紹介しており、実験条件や再現性の評価には踏み込んでいない
- 件数は重要度ではない。 掲載が多い誌ほど件数が増えるだけで、1 件しかない話題が小さいことを意味しない
まとめ — 現場が明日できることと、次回の問い
2026 年 3 月以降の 136 件から見えたことは 4 つである。
- 色の研究の重心が「合わせる」から「予測する」へ動いている。 トラッピング効率と色差の対応、拡張色域の方式比較、機械学習による測色
- 色の出し方そのものを変える研究がある。 顔料を使わない構造色インクジェット
- 紙の側はナノ単位の材料設計へ向かっている。 刷る対象が「選ぶ紙」から「設計する基材」へ移りつつある
- 海外のプレプリントでは、印刷は「ものを作る手段」として扱われている。 止めずに測る計測と、装置に依存しない設計記述
現場で明日できることは、そう多くない。それでも 3 つある。
- 自社の色管理を「測って直す」から「測って貯める」へ変える。 予測モデルは他人が作るとしても、材料になるのは自社の測定値である。刷り出しの ΔE を記録に残していない会社は、そこから始める
- 拡張色域を検討するなら、インキを増やす方式と刷り方を変える方式の両方を見る。 比較した研究がすでにある
- 学会誌を年に 1 度でよいので目次だけ見る。 日本印刷学会誌も日本画像学会誌も、J-STAGE で目次と要旨が無料で読める
次回に持ち越す問いは 3 つある。色の予測モデルは現場で使える精度に届くのか。構造色のような加飾技術は量産に乗るのか。基材の設計と印刷適性は、どこで擦り合わされるのか。 同じ情報源で追い続けることで、話題が続いているのか一度きりだったのかが分かるようになる。
本稿で取り上げた文献
| 文献 | 掲載 |
|---|---|
| インキトラッピング効率と色差の相関の定量化 | 日本印刷学会誌 63(1) |
| CMYK-OGV と XCMYK の比較 | 日本印刷学会誌 63(1) |
| XGBoost・SVR による色予測精度の改善 | 日本印刷学会誌 63(1) |
| 構造色インクジェットによるデジタル加飾技術 | 日本印刷学会誌 63(3) |
| CNF 等の新規バイオマス素材による基材設計と,印刷・包装技術との融合 | 日本印刷学会誌 63(3) |
| 自治体広報誌の文字組版における生成 AI 導入可能性の検証 | 日本印刷学会誌 63(2) |
| 画像認識を用いたトナー外添剤被覆率算出の確立 | 日本画像学会誌 65(3) |
| ロール to ロール塗工の有機薄膜太陽電池をハイパースペクトル画像で監視 | arXiv(査読前) |
| 薄膜の多層厚みと複屈折のインライン光学計測 | arXiv(査読前) |
| 交流電場中の粘弾性液滴の変形 | arXiv(査読前) |
| 異種製造のための設計意図のコンパイル | arXiv(査読前) |
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